食料自給率 - 食糧安保と食文化 - 高井 俊和

2010年03月30日 09:59

「(何らかの計算に基づく)自給率だけで国内の農業の良し悪しを評価するのは危険だが、自給率を保つ、もしくは高める意識は持ったほうが良い」という認識から、日本の政策としても現状維持ではなく、より力を入れるのが望ましいと思います。ただし、その方法は「農家振興」ではなく「農業振興」であるべきだと考えます。
 
 安全保障という観点では、地球上で生産可能な量にキャパシティがあり、地球上の人口が当面増え続け、経済的に豊かになり今より「食える」ようになる人が増え続ける中、日本が今までどおり(量と価格を)輸入でまかない続けるのはいずれ厳しくなると思われます。
そして、そうなった時に、「では、国内でも作ろう」ではやや手遅れではないでしょうか。


食文化について
 食べ物というのは、その地域・その国の文化が強く反映されています。
 その食文化は、その地域固有の産物があってこそ成り立つものが多くあり、これはその地域での「自給」なくしては存在しえません。
 その食文化に結びつく産物がどの程度「自給率」に寄与しているかは、具体的な数値で申し上げることは出来ませんが、「輸入すればよい」という理屈では消えていくものが多いと思います。

 今回のテーマは、「食料自給率」ですので、自分が数値を指し示すことが出来ない「食文化」を引っ張りだすのは無理があるようにも思いましたが、「自給率の低い日本」を想像したときに、「食文化だけが豊か」という状況にあるとは思えず、日本での食料生産を考える際の皆さんの視点の一つになればと思い理由の一つとして挙げました。 
 また、自分の住む地域で取れたものは、大抵新鮮で栄養価も高い(健康に良い)、美味しいという素直に感じる事実も、経済学的観点だけでみると軽視されがちではないかと感じています。

 自給率アップのために、カロリーの高いものを生産し数値だけを稼ぐことは意味が無いと思います。また、飼料を国内で大量生産することもあまり合理的ではないでしょうし、缶詰や乾物など地域間での流通・貿易(輸入だけでなく輸出することも出来る)に適したものもあります。自給率の数値だけで良し悪しは測れないと思いますが、経済学的観点だけではない「食べ物の質」を考えるべきだと思いますし、政治に全てを委ねるのではなく、一市民としてスーパーや飲食店での「選択」も重要な問題であると考えています。
(高井 俊和)
 

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