「いかにして使い道を間違えないか」こそが論点--池尾和人

2010年04月16日 09:59

湯浅誠氏が辞任した後、内閣府の参与に小野善康さんが2月26日付け任命されている。任命に際して菅副総理兼経済財政担当相は「経済運営や財政運営で知恵を貸してもらいたい」と語ったそうである(時事ドットコムの記事による)。そして、早速に知恵を借りたのか、4月12日の日本外国特派員協会における菅氏の講演内容は、小野理論のフレーバーを感じさせるものとなっている。


正直に言って不勉強で小野善康さんの著作はあまり読んでいないのだけれども、一見すると主流派経済学とは異なる主張をしているようにみえる(本人も新古典派経済学を批判している)けれども、小野さんの主張は、本当のところは標準的な経済学の論理にかなり沿ったものだという印象をもっている。

例えば、小野さんは、労働資源を遊休させておくよりも、失業者がいるなら政府が雇用して、少しでも利益のある公共事業をやればよいと主張する。

そこで、失業中のAの状態が(余暇の効用=10、お金=0)だとしよう。ほかにBがいて、お金を20もっているとしよう。その上で、[1]政府が増税をしてBから10のお金を取り上げて、Aに失業手当として分配したとしよう。このケースでは、Aの状態は(余暇の効用=10、お金=10)に変化し、Bの状態は(お金=10)になる。しかし、A+Bの総余剰額は30で変わるところがない(景気はよくならない)。

次に、[2]同じく政府が増税をしてBから10のお金を取り上げて、そのお金で公共事業を行ってAを雇用したとしよう。その公共事業からの便益は(話を簡単にするために)Bだけに帰属するものとする。このとき、Aの状態は(余暇の効用=0、お金=10)に変化し、Bの状態は(事業からの便益=X、お金=10)になる。お金の総額は、小野さんが強調するように、いずれの場合も20で変わらないが、X>10であれば、A+Bの総余剰額は増加することになる(景気はよくなる)。

すなわち、「おカネを配るだけでは景気は回復しない」のに対して、失業中の労働者の余暇の機会費用を上回る便益を社会にもたらす公共事業であればやった方がよいということになる。しかし、これは標準的な経済学にとっても何の異論もない結論でもあって、独自の小野理論ということにはならない。

ただし、気になったのは、「穴を掘って埋めさせる」ような公共事業であれば、「失業手当をわたしたりするのとも同じである」と主張されていることである(『誤解だらけの構造改革』日本経済新聞社、2001年、p.88)。穴を掘って埋めさせるだけだと、X=0だと考えられる。このとき、失業手当のケース[1]よりも、総余剰額は低下する。決して同じではない(むしろ景気は悪くなる)。

同じになるのは、失業中の余暇の効用が10ではなく、0の場合に限られる。確かに不況期における失業者の余暇の機会費用はかなり低いものだと想定できる。しかし、ゼロではないだろう。もし本当に機会費用がゼロであれば、失業中の労働者に時給1円で働くように求めたら、それに応じるはずだということになってしまう。少なくとも時給数百円は要求するはずだ(なお、この点は、以前に誰かがすでに指摘していたような記憶があるのだけれども、具体的に思い出せないので、ご存じの方がいたらご教示下さい)。

[追記:ご教示いただきました。井堀利宏さんや岩本康志さんでした。
http://www.esri.go.jp/jp/forum1/010521/gijiroku.pdf
この部分の私の議論は、彼らの指摘の二番煎じです。]

しかるに、どうも小野さんの議論では、不況期における失業者の余暇の機会費用はゼロであると想定されているように思われるところがある(私の誤解だったら、訂正をお願いします)。機会費用がゼロだったら、プロジェクトの選択に何の困難もない。少しでも利益になりそうなものであったら、損はしないので、やればよいということになる。したがって、「使い道を間違える」おそれはほとんどない。

反対に、機会費用がプラスの無視できない大きさであったら、やってはいけないプロジェクトが存在することになる。そして、その選別は決して容易なものではないとみられる。それゆえ、果たして「現実の政府」は、やってよいプロジェクトとやってはいけないプロジェクトの仕分けができるほど「賢明な存在」であり得るのかという疑問が生じることになる。この疑問に肯定的な答えを与えられるというのでなければ、とうてい積極財政論にはくみできない。

要するに、「増税をしても使い道を間違えなければ景気はよくなる」というのは、一般論としては間違っていない。しかし、「間違えなければ」といえば間違えることはなくなると思っているとすると、安直に過ぎる話で、間違っている。間違えないことをいかに担保するかという点こそが、本質的な論点である。だって、日本政府はすでに使い道を間違うことに関して大いなる実績を積み上げてきたのではないか。なのに、どうして今度は間違わないといえるのか。

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