人生において恐怖と不安と引き換えに得られるかもしれないことと、その代償に関する雑感- 小川浩(@ogawakazuhiro)

2010年04月18日 14:15

人間には、少なくとも前向きに、トラクション(タイヤの駆動力を路面に伝えること)をかけて、人生をより充実させて走り抜けようと思えば、それなりの必要経費というか、さまざまな負荷や無駄を自分の中で許容しないと、うまく生きていけないという気がしています。

今日はそんな話を軽く、してみたいと思います。

ご存じな人も多いかもしれませんが、僕は起業家としてベンチャー企業を経営しています。

本当は一つの事業を突き詰めて育てていきたいのですが、これまでのところは、結果として事業を作っては、また別に乗り換えてしまっているので、いわゆるシリアルアントレプレナーのように人から見られがちなことが、自分としては遺憾です。
それでも、立ち上げたいくつかのサービスはいまだに存続し、社会的に雇用を生み出しています。だからホームランはいまだ打てていないのですが、それなりにシングルヒットをいくつか打ててはいると言ってもいいかとは思います。とはいえ、僕自身は結局自分の金儲けにはつながってないので、成功したとはとても言いがたいのが悔しいのですが(苦笑)。

さて、米国ではシリアルアントレプレナーは数多く存在し、それを立派なキャリアパスにするだけのファイナンスのプラットフォームが整備されているのですが、日本ではどうにもそうはいきません。
日本においては、上場を目指すようなやり方で会社を興すことはかなりのリスクだし、特に20代ならまだしも、30歳を越えて起業することには、最初から資金的に恵まれた環境にでもいない限りは、相当に覚悟がいることでしょう。

僕が最初に起業したのは32歳のとき。徒手空拳で、しかもマレーシアという異国での起業でした。それが僕のシリアルアントレプレナーシップ(^^;)の始まりだったわけですが、今思えばかなり無謀な形での挑戦でした。一回無茶をすると、人間はそれに懲りておとなしくなるか、人生が破綻するかもしれないという恐怖の裏側にある、病み付きになりそうなスリルと興奮に中毒になるかのどちらかです。その意味で僕は明らかに後者だったのでしょう。

結果として、数回にわたって同じようなリスクを冒しています。非常に安定して穏やかで、しかもそれなりに面白い仕事ができる環境を捨ててきたのですから、ある意味バカです。中毒としか言えないでしょう。

しかし、冒頭に言ったように、実はその代償は存在します。
強烈なスリルには、逆説的に、強大な不安と恐怖があるわけで、それらに耐えながらアクセルを踏んでいくには、ときとしてココロを騙すことが必要になってきます。多少の悪癖というか、恐怖を打ち消すような何かに時として溺れる時間が必要なことは否定できません。
それはめちゃくちゃクルマやバイクにハマったり、格闘技のように危険なスポーツに打ち込んだり、毎晩浴びるほどお酒を飲んだり、と、人によってさまざまですが、普通の環境にある人からすれば、健康害したりむやみにカネがかかることにしかみえなかったりすることが多い気がします。

これはベンチャー起業家にだけあてはまることではなく、なにかを成し遂げようと思い、リスクをとって、トラクションを自らかけながら前に進むことを決意した人なら、おおかた当てはまる心境だと思います。
最近の学生は安定志向が強いらしく、大企業への就職をのぞむ者が多いと聞きますが、それはしょうがないことだと、そう思います。
しかし、反面、たかだか80年くらいしかない人生だからこそ、ちょっと無理してみなければ分からない世界もあることを、知っておいた方がいい、という気もしたりします。

負荷がないということは、不安も苦しみもないということは、その先に得られるかもしれない強烈な興奮を知らずに過ごすということですから。

とりとめもない話ですが、このところ就職活動をする学生と話す機会が多かったり、いろいろ沈思黙考せざるを得ないことが多かったので、そんな最近の徒然なる想いを書きなぐってみました。

長文で失礼しました。

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