80年代のバブル期。まだ喫煙率が60%を超していた頃、タバコは男子のモテアイテムだった。男性誌に取上げられる「カッコいい仕草」の上位は「タバコをくゆらせる所作」だった。そして、タバコが似合う男性として名前があがるのが、松田優作、柴田恭兵、矢沢永吉、奥田映二、天知茂など。たしかにサマになっていた。
しかし、高齢化、健康に関する意識の高まり、規制強化や価格改定が要因となり喫煙率は低下していく。現在、日本の喫煙率は、男女計で19.3%であり、男女ともに減少傾向にある。OECD加盟国平均は19.7%、最高がギリシャの38.9%、最低はスウェーデンの10.7%である(出典:Health at a Glance 2015)。
その後、タバコの害の理解促進、健康意識が高まったことによって、警告表示が義務づけられる。しかし、日本は文字のみの簡易表記で目立たない。各国と比較すると大きな差がある。写真入り警告表示を最初に導入したのはカナダだが、現在、「警告文・写真」の面積が最大なのはタイである。※記事の写真を参照いただきたい。
今回は、『頑張らずにスッパリやめられる禁煙』(サンマーク出版)を紹介したい。著者は、川井治之(以下、川井医師)氏。がんの予防から発見、退治までを行う呼吸器内科・腫瘍内科医として医療に従事してきた。これまで、肺がん患者の生死を20年以上にわたって見つめてきた専門家としても知られている。
ニコチンはあなたの人生を奪う
――日本における喫煙率のピークをご存知だろうか。厚労省の調査によれば、1966年がピークであることがわかる。男性83.7%、女性18.0%であるから、現在とは異なり相当高い喫煙率であったことが理解できる。
「たしかに、タバコが嗜好品だった時代があったと思います。当時はタバコにこれほどの害があるとは知られておらず、ニコチンが脳の健康を奪ってしまうこともわかっていませんでした。しかし、今ではタバコに害があること、やめたくてもやめることのできない依存性の強い商品であることがわかっています。」(川井医師)
「害があっても、好きで吸っているのだから関係ないと思われるかもしれません。実際は、くり返しになりますが、そういう人もニコチンの禁断症状から逃れるために、吸いつづけているのです。」(同)
――タバコの一服は気分転換になるし、吸うための所作は「男の儀式」だと主張する人がいる。そのような人はどうだろうか。
「タバコは人生を奪っていきます。具体例をお示ししましょう。まず、タバコは寿命を奪います。英国王立内科医学会によると、『タバコを1本吸うごとに5分30秒ずつ寿命が縮む』というデータが発表されています。さらに医者を対象とした研究では喫煙者は約10年寿命が短くなるという結果もあります。」(川井医師)
「タバコ1箱440円とすると、1日1箱吸う人は、年間約16万円の出費になります。50年吸うと約800万円になります。健康を害して貴重なお金をも奪ってしまうのです。」(同)
ストレス解消の一服はウソである
――「ストレスを感じたら一服で気分転換」「食後や仕事のあとには、ニコチン多めのハイライトかショッポじゃないと効かないな」。タバコ好きがよく発する言葉だが、川井医師によればタバコに効能になるものは一切含まれていない。
「タバコを吸うとストレス解消できるというのは、認知のゆがみの最大のものです。『そんなことはない、たしかにストレス解消できる』と言われる方も多く、実際、喫煙者がストレスを感じているときにタバコを吸うと、ストレスが解消された気になるのは事実です。それは本当なのでしょうか。」(川井医師)
「現代社会はストレス社会ともいわれています。その影響もあって『タバコをやめるとストレスがたまる一方だから』と言う喫煙者が多いのです。」(同)
――タバコによる悪影響はいくつかある。「血圧が上がる」「脈拍が速くなる」「筋肉が緊張する」「血管が収縮する」「低酸素となる」、などがあると言われている。
「精神的なストレスはどうでしょうか。アメリカのピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の調査では、『ストレスを頻繁に感じる』という人が、非喫煙者では31%、元喫煙者では35%だったのに対し、喫煙者では50%に上がったとの報告があります。日本でも禁煙によるストレスの変化について調査が行われています。」(川井医師)
「三野善央医師(みのクリニック院長)らの研究では、喫煙を継続した群よりも禁煙した群のほうが、半年後にはストレスが減るという結果が明らかになっています。アメリカでも同様の結果が出ている報告があります。」(同)
――川井医師は、脳がニコチンに依存されているからやめられないと主張する。禁煙を考えるなら人生の主導権をニコチンから取り返すことを、考えてみてはいかがだろうか。
参考書籍
『頑張らずにスッパリやめられる禁煙』(サンマーク出版)
尾藤克之
コラムニスト
追伸
――タバコメーカーに勤務する知人がいた。彼の口ぐせは、「タバコを吸うことで体温が下がる。それは、ニコチンが毛細血管を収縮させることの作用であって、ガンとの因果関係はない」だった。あの重厚長大の歴史ある大企業にしてこの長髪。缶ピースと杉の木でできた高級マッチを持ち歩いていた。ZIPPOを使用している人を毛嫌いした。
「オイルライターは香りを損なうからダメだ!」。マッチを擦る際にシュという音とともに火がつき、マッチのリンと木の燃える匂いが混ざり合い独特な香りが鼻をつく。火が十分に育ったらタバコに点す。この瞬間がスモーカーにとって至福の時間であり、「タフな仕事」をしている、男のみに許された儀式だと語っていた。
そんな彼が永い眠りについてから15年が経つ。もし彼がタバコをやめて不摂生をしていなければ、いまでも杯を交わすことがあったのではないかと思うことがある。当時の仲間も、気がついたら若くない年齢になってしまった。残された時間のなかで何ができるかわからないが、私も自らの使命を全うし成すべきことをしようと思っている。