「財政の長期推計」から見える社会保障の将来

土居 丈朗

「財政の長期推計」に関する小黒氏の興味深い論考を拝見した。財政制度等審議会にて「財政の長期試算」を公表するに際して携わった立場から(個人として)、ご指摘は的確で、資料の紙幅では言い尽くせないところを端的に表現して頂き謝意を表したい。

「財政の長期推計」の公表に際して、巷間にある2つの見方に配慮する必要があった。それは、経済成長率や金利を保守的に設定して推計すると、成長率を低く見積もって財政危機を煽ろうとしているとうがってみる見方と、成長率や金利や財政支出など楽観的に設定して推計すると、それでは財政の将来像を的確に示していないとする見方である。

前者に対して、「財政の長期推計」では、名目経済成長率を3%、名目金利3.7%(成長率と金利の差は僅か0.7%)と設定した推計を示し、それでも日本財政の将来はどうなるかを明らかにした。

後者に対しては、本稿で補足的に説明したい。まさに、わが国の年金や医療や介護の将来像に関わるポイントである。


「財政の長期推計」における社会保障給付の設定

その前に、財政制度等審議会の起草検討委員から報告された「財政の長期推計」について、その焦点は拙稿「日本財政の将来は?(上)」で解説している。また、この長期推計を活用して頂く上で、外して頂きたくないポイントは拙稿「日本財政の将来は?(下)」で紹介している。

さて、「財政の長期推計」では、小黒氏が指摘しているように、年金についてはマクロ経済スライドを予定通り発動することを想定している。それを踏まえた主な結果が、「2060年度までずっと名目経済成長率が3%で(平均的に)推移したとしても、今後財政収支は対GDP比で11.94%の恒久的な収支改善を行わなければ、政府債務は抑制できない」というものである。

年金だけでなく、社会保障給付はそれぞれ仮定を置いて推計している。医療支出については、年齢階層別(5歳刻み)の1人当たり医療費を1人当たり名目GDP成長率で延伸し、将来の年齢階層別人口を乗じて合算することで国民医療費総額を推計した上で、自己負担分を除いたものとして推計している。この設定の含意を率直に示せば、高齢化による医療費の増加は加味しているが、1人当たり医療費は1人当たり名目GDP成長率の範囲を超えて増えることはないという想定になっている。つまり、医療技術が高度化して、治療の単価が1人当たり名目成長率を超えて上がることがあっても、別の治療では重点化・効率化がなされ費用節約的に対応することがなければ、この想定は実現しない、ということである。実現可能性はそれなりにあるとみているが、何の努力もなくそれが実現するとは思えない。

介護支出は、要介護度に応じた65歳以上人口に対する利用者比率が不変と仮定した上で、各サービス・要介護度別の利用者1人当たり介護費用を名目賃金上昇率で延伸し、将来の年齢階層別人口を乗じて合算することで推計している(自己負担分を除く)。介護サービスが労働集約的であることから名目賃金上昇率と連動して増加すると想定している。要介護度に応じた65歳以上人口に対する利用者比率が不変というのは、長期推計では高齢化の影響は加味しているが、今後の高齢者が介護サービスを利用する度合いが変わらないことを意味する。これも、実現可能性はそれなりにあるとみているが、今後の高齢者が介護サービスを従来以上に利用することになれば、長期推計以上に介護支出が必要になる。

上記のような設定に基づくと、社会保障給付を含む年齢関係支出の対GDP比は、直近の約23%から2060年度には約30%と、7%ポイント上昇すると推計されている。

このように、「財政の長期推計」では、穏当な設定で社会保障給付の長期推計を示してはいるが、それでも給付のメリハリ付けなどを工夫する努力なしには実現できない設定になっている。また、この長期推計を逆手にとって、「財政の長期推計」で示した程度の社会保障給付の増加を財務省は容認した、と勘違いしてもいけない。財政支出の中で社会保障給付の割合は、今後ますます増加する。社会保障について、国民がどう望むか(負担増を甘受しても給付を維持するか、負担増を避けるなら給付抑制を甘受するか、それとも別の工夫をするか)が問われる。

「財政の長期推計」は、こうした国民的議論を促すことも1つの目的として公表された。

土居丈朗(@takero_doi