「財政の長期試算」の少々気になる前提

小黒 一正

欧米等では、2060年程度までの財政の長期試算を公表していたが、日本では2023年度程度までしか公表していなかった。このような状況の中、今年(2014年)4月28日開催の財務省・財政制度等審議会において、財務省(見かけ上は審議会メンバーの起草検討委員)が「財政の長期試算」(概要はこちら、資料はこちら)を初めて公表し、一部の専門家やメディアで話題となっている。



「財制審が「長期推計」、必要な収支改善規模は消費税換算20%前後」朝日新聞2014年4月28日から抜粋

向こう50年程度の財政の持続可能性を確保するために必要な収支改善規模は、GDP比11.94%─8.20%、仮に消費税率で換算すると24%─16%との試算結果が明らかになった。28日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)財政制度分科会に、起草検討委員が「財政の長期推計」を提出した。高齢化に伴い医療・介護費用が大幅に増加する結果で、歳出・歳入両面からの恒久的な改善措置に早急に取り組む必要があると提言した。

長期推計は、欧州委員会の手法を参考に試算した。期間は、団塊世代がほぼ後期高齢者入りする2025年度を超え団塊世代ジュニアが高齢化する2060年度までとする。足元、一般政府の債務残高対GDP比は230%程度で、先進国の中では突出している。高齢化に伴う、医療費や介護費用の大幅な増大を放置すれば、名目3%の高い成長率でも債務残高はGDPの6倍に膨張する。こうした事態を回避するために、債務残高対GDP比を2060年度に100%にまで抑え、安定化させるために必要な収支改善幅を試算した。

検討委は「欧州に比べて、緩い基準でも、結果は突出している」とし、歳出・歳入両面の恒久措置の必要性を強調した。(略)長期推計は、消費税率が2015年10月に予定通り10%に引き上げられたとしても、消費税率換算でさらに20%前後の収支改善努力が必要で財政健全化が道半ばであることを実証した。収支改善努力を怠った場合の債務残高の突出ぶりも初めて明らかになったが、まずは、国際公約の2020年度のPB黒字化に向けた道筋を描くことが迫られていると言えそうだ。


財政の持続可能性を確保するために必要な収支改善規模がGDP比で11.94%─8.20%(消費税率で換算すると24%─16%)という数値は、かなり衝撃的である。

というのは、この収支改善幅は、消費税率が既に10%まで引き上がっていることを前提にしているからである。このため、もし歳出削減(社会保障の抑制が中心)が不十分な場合、消費税率は34%―26%にまで引き上げる必要があることを示唆する。つまり、財政を安定化させるには、今回の増税を遥かに凌ぐ、大きな痛みを伴う改革が必要となる。

しかし、公表された長期試算の資料を精査すると、この試算はまだ甘いかもしれないこれは同資料6ページの公的年金の将来推計に関する前提を読むと分かる。普通の記者等は気づかないと思われるが、そこには「(注) 現行法に基づき、原則として新規裁定者については名目賃金上昇率、既裁定者については物価上昇率により改定しているほか、マクロ経済スライド調整が行われることを前提としている」旨の記載がある。

この記載は、マクロ経済スライドが順調に発動され、年金給付の実質的な削減が今後進むことを前提している。このため、同資料5ページの右下のグラフ(抜粋した以下の図表を参照)を見ると一目瞭然であるが、医療(対GDP)や介護(対GDP)の推移が急増しているにもかかわらず、公的年金(対GDP)の推移は横這いとなっている。

アゴラ第84回(図表)

しかし、マクロ経済スライドが順調に発動されるには適度なインフレが必要である。現実には、マクロ経済スライドを導入した2004年の年金改正から、デフレが長引き、マクロ経済スライドは一度も発動されていない。また、これから一時的にインフレでマクロ経済スライドが発動されることがあったとしても、経済は変動するため、またデフレに陥る可能性も否定できない。

そのような場合、公的年金(対GDP)は上の図表のような経路を辿るとは限らず、医療や介護のように膨張する可能性が高い。このとき、財政の持続可能性を確保するために必要な収支改善規模はGDP比11.94%─8.20%を上回ることになるはずである。

このように、公的年金(対GDP)の予測には、インフレ等の経済情勢の前提が大きく影響するため、その前提には留意が必要であり、この年金の推計に関する問題は内閣府が公表する「中長期試算」でも存在している。年金改革は2004年の改革で完成したという安心感や楽観が政府には存在するが、財政健全化や世代間格差の改善も視野に、年金を含む更なる社会保障改革の推進が望まれる。