公共部門において、利益誘因によらずに、他の何らかの経済的・非経済的誘因が経営を効率化させて、費用の合理化が図られるのならば、民営化の必要はなくなる。例えば、事業の運営権を民営に移転させる方式(コンセッション)など、PPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)/PFI(プライベート・ファイナンス・イニシャティブ)と総称される手法でもいいわけだ。
PPP/PFIでは、様々な形態が検討されるにしても、最終的な事業資産の所有者は公的部門になる。それに対して、民営化の場合は、事業資産を所有している事業者が私企業になるのだから、当然に、事業資産が公的部門から民間に移転する。
事業を引き受ける民間事業者の立場からいうと、事業を営むのに、資産の利用は必須でも、所有は少しも必要ではないという論点が重要である。資産を公的部門から買い取れば、それだけ大きな資金が必要となるが、投資資金は少なければ少ないほど能率がいいわけだから、民間事業者としては、買う必要もないものまで買いたくはないのだ。
公的部門の立場からは、将来的な資産利用形態の転用など、自由度を確保しておくことができる。もっとも、資産と債務を一括して民間移転することは、公的負債を削減する方法として、極めて有力なものとも考えられるので、徹底的に民営化を推進すべきではないかとの反論の余地を残す論点である。
また、PPP/PFIでは、利益という考え方は、正面からは、消えていて、替わって、社会的な付加価値の形成ということがいわれる。PPP/PFIの導入により、事業効率の改善が達成されれば、そこには、当然に社会的付加価値が創出される。その価値を、民間事業者と公的部門で適正に配分すること、それが経営効率化への誘因の設計の要諦となるわけだ。
民営化の場合でも、利益は、投下資本に対する適正利益である限り、企業活動から生まれた社会的付加価値の資本に対する公正な配分なのだから、そこには、サービスの利用者と資本との間で適正な付加価値の配分が実現しているはずなので、言葉使いの差こそあれ、理念的には、PPP/PFIと民営化との間に本質的な差があるわけではない。というよりも、差があってはならない。
論点は、どちらの手法のほうが、社会的付加価値を大きくできるか、社会的公正性をよりよく実現できるか、そこに帰着する。これは、経営裁量の大きさ、裏を返せば、規制の程度や、経営への社会的監視の仕組みなどの設計に高度に依存する高度な難問である。
とにかく、社会的実験の開始として、法制度面も含めて、やってみて直すしかないことである。ところが、残念ながら、これまでのところ、PPP/PFIの普及は極めて低調である。折角、安倍政権の重要な政策に位置づけられているのだから、今後、急速に、民間と公的部門の積極的な連携のもと、創造的な案件が生まれてくることを期待しないわけにはいかない。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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