今週の「New England Journal of Medicine」誌に、経口ホルモン避妊薬と乳がんのリスクを解析したデータが報告されていた。デンマークの15−49歳の全女性を追跡した結果である。デンマークの2016年度の人口は約570万人であり、この論文の対象となったのは180万人であった。平均追跡期間が10.6年で、人数X年数をかけると1960万人・年という膨大な調査に基づく結果である。
全くホルモン避妊薬を服用しなかった女性の乳がん発生頻度を1とすると、避妊薬を服用した女性では1.20倍高い(95%信頼区間は1.14-1.26;調査数が少ないと、一般的にはこの幅が大きくなるが、180万人という膨大な数の調査であるので信頼度は非常に高い。この信頼区間が1.00をまたいでいると、統計学的に有意といえない)。さらに、服用期間1年未満の女性と服用期間10年以上の女性に絞った解析では、前者は1.09倍(95%信頼区間0.96-1.23;統計学的に意味があると断定できない)、後者では1.38倍とさらに高くなる(95%信頼区間1.26-1.51;対象数が68万人・年と全体の3.5%と少なくなるので、信頼区間の幅が広くなるが、統計学的には十分意味がある数字である)。
1.20倍は微妙な差と言う声が聞こえそうだが、健康福祉の観点からは重要だ。そして、保健医療政策上、統計学的に意味のあるデータを得るには、このような大きな規模で調査しなければならない。ワクチン後の副反応や後遺症など、本来は全例調査をしてもいいはずだが、部分的な調査で統計学的に意味のない議論を延々と繰り返しているのが現状だ。特に、対象とする病気の発症や副作用(副反応)の頻度が非常に少ない場合には、科学的・統計学的な結果を出すには、膨大な調査が必要である。日本のように感情的な議論を煽っていても、対立を深めるだけで、何の役にもたたない。
と、愚痴になってしまったが、本論に戻る。では、この1.20倍や1.38倍は具体的にはどの程度の差になるのか。たとえば、糖尿病ならば国内の患者数が、1000万人から1200万人に増えることを意味する。対象数が大きければ、国民の医療費に及ぼす影響は無視できない。そして、避妊薬を全く服用しない場合に年間5万人の乳がんがいると、女性全員がホルモン避妊薬を服用すると6万人に増えることを意味する。このように説明すると、かなり、衝撃的な数字に思える。しかし、この論文では1年間・7690人あたりで、乳がん一人が増える程度と説明されていた。この数字で見ると、それほどでもないと受け止めるかもしれない。ただし、分母を769,000人にすると、1年間当たりの乳がん発症数は、ホルモン避妊薬の服用で、100人増加することになる。
数字というのは、観点を変えると印象がかなり変わってくるので、この数字をどのように考え、判断するのかは、個人個人に委ねられる。しかし、医療政策は、このような科学的エビデンスに基づいて語られるべきである。と思いつつも、日本では個人のプライバシーが国全体や将来の国民の福祉よりも優先するので絶対にできない研究であろう。自分やその家族、そして、プライバシーも大切だが、次世代、次次世代が、少しでも健康的な生活、よりよい医療が受けられるような発想、それを実現するためのビジョンが大切ではないのか?国のやる事はすべて、背後に悪巧みがあるはずだとの固定観念を持つメディアが大きな壁だ。
編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年12月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。