私は労働法制のことなど門外漢で裁量労働制についても制度的な内容の詳しい知識は持ち合わせていない。しかし、そんな私でもきのう(4日)の朝日新聞朝刊で一面、三面と大展開した「特ダネ」を見たときには、「これって“フェイクニュース”じゃないの?」と思った。
もちろん、野村不動産で裁量労働制が「違法」に適用され、自死された社員の方が過労死として認定されたことは事実だ。しかし、池田信夫もきのうツイートしたように、論理の飛躍がはなはだしい。さらにこの記事を一読したときには、「現制度下」での「違法」な運用事例と、設計中の制度の話とごちゃ混ぜにしているようにしか思えなかった。
この記事は論理的におかしい。「野村不動産が裁量労働制を違法適用した」ことと「そのうち1人の自殺が労災認定された」ことは独立の事実なので、「裁量労働制が自殺の原因だ」とはいえない。「原発事故で鼻血が出た」というのと同じ誤った因果関係。 https://t.co/XSadnWR72j
— 池田信夫 (@ikedanob) 2018年3月4日
裁量労働制を導入した場合に制度に不備があれば、企業が人材を野放図に酷使するリスクはある。こうした悲劇の再発防止を促す上で警鐘する意義もある。しかし、人ひとりが命を絶った問題を、朝日新聞の十八番の“角度をつけた”政局報道にしようとしているのが透けて見えるのは、リードの文章のあとにくる下記の一文だ。
安倍政権は、裁量労働制の対象拡大を働き方改革関連法案から削除し、来年以降に提出を先送りすることを決めたが、今の制度でも過労死を招く乱用を防げていない実態が露呈した。改めて対象拡大への反発が強まりそうだ。
裁量労働制をめぐる法案は来年に出し直すことになった。しかし、来年は憲法改正の国民投票が実施された場合、政権としては、野党や朝日新聞などの左派マスコミによる付け入られる事態をヘッジするため、法案の出し直しがこのまま半永久的にペンディングされたりはしないか。
仮に、そういう政治的事情を乗り越えられれば、出し直しの法案はもう少しチューンナップするだろうが、そもそも裁量労働制導入にずっと批判的な朝日新聞社内では、記者の仕事そのものが裁量労働制である。そのことは昨年7月に自分たちの記事で公式に認めている。
朝日新聞社は、国内外で約2千人の記者が働き、原則「裁量労働制」が適用されている。社外で取材する時間が多いため、正確な労働時間を把握することが難しいからだ。記者は、裁量労働制を適用できると法律で定められた19業種(専門業務型)のうちのひとつで、日々このぐらい働くという「みなし労働時間」を労使で取り決めている。(出典:働き方、記者も手探り 取材尽くすため夜回り:朝日新聞デジタル )
10時間現場に張り込んでいてもネタは取れないこともあろうし、電話一本5分で特ダネを取れることもあるだろう。実態としても制度としても裁量労働制の働き方をしていて労務管理とのバランスをとった制度を模索しているのに、裁量労働導入全面反対の野党のお先棒を担ぐような記事をどうして書くのだろうか。
もうひとつ、意外だったのは当該記事を書いた記者の属性だ。労働問題のことだったので、「反安倍政権」の色が強い社会部や特報部の記者たちが書いたのかと思いきや、署名にあった記者の名前をググってると、経済部の所属だそうだ。経済部には「労働」チームがあるようだが、社会部チックな論調が目につく。
朝日の経済部といえば大鹿靖明氏のようにイノベーションや日本経済の改革について積極的な記者が多く、社会部系と一線を画している印象があったのだが、今回のような政局を作り出そうとする記事を出してくるあたり、経済部まで「反安倍」でまとまってガシガシやろうとしているんだなと、感じた次第だった。
それにしてもメディアリテラシーの教材として格好のケースを提供してもらえるのは、各種記事の読み解きを行う自分のオンラインサロンとしてはネタに困らなくてありがたい。今夜9時の意見交換会でも取り上げてみよう。