北朝鮮の地政学的価値について

南北首脳会談と米朝首脳会談の2つのビッグ会談の開催まで時間があるので、北朝鮮の地政学的、戦略的価値について少し考えてみた。地政学的、戦略的価値といえば、何か仰々しい感じがする。北のセールスポイントと言い換えれば分かりやすいかもしれない。

▲風になびく北の国旗(2013年4月11日、ウィーンの北朝鮮大使館で撮影)

▲風になびく北の国旗(2013年4月11日、ウィーンの北朝鮮大使館で撮影)

朝鮮半島の核問題では過去、6カ国協議があった。北側の一方的な合意違反で6カ国協議は停止状況になったが、それでも北朝鮮を除く5カ国が程度の差こそあれ朝鮮半島の政情に関与し、その行方に強い関心を注いできた。

ロシア、中国、韓国、日本、そして米国にとって北朝鮮は国土的には小国であり、人口的にも2500万人足らずの国だ。その小国・北朝鮮に大国の隣国が大きな関心を注ぐのは北が大量破壊兵器を製造し、核兵器まで手を伸ばし、6回の核実験を実施したからだ。北は核兵器を保有することで地政学的、戦略的価値を高めたわけだ。

その小国・北朝鮮が核大国・米国に向かって「わが国を核保有国に認知せよ」と要求している。北の核保有を認めれば、日本、韓国、台湾など周辺国家に核保有への道を開くことにもなるから、ロシア、中国、米国の既存の核保有国は絶対に認めないだろう。

国連安全保障理事会決議や国際原子力機関(IAEA)理事会決議に違反し、北は核実験をし、弾道ミサイルの発射を繰り返してきた。国際社会から制裁を科せられても、現時点ではそれに屈する兆候は見られない。

小国の北にとって核兵器とミサイルこそ数少ないセールスポイントだ。いざとなれば、核兵器やミサイルなど大量破壊兵器を不法に輸出して、外貨を稼げる。実際、シリアには化学兵器のノウハウを伝達すると共に、核兵器をもアサド政権にチラつかせ、購買欲を刺激している。シリアだけではない。イスラム過激派テロ組織へ北朝鮮産の大量破壊兵器が渡る危険性は皆無ではない。米国はここにきて海上封鎖を強化し、それらの不法な取引が行われないように警戒しているわけだ。

ところで、北のセールスポイントは大量破壊兵器だけではない。北には貴重な地下資源が埋蔵されている。北朝鮮の場合、レアメタル(希少金属)が豊富だ。例えば、原子炉の燃料被覆材用、IT機器や自動車産業用に不可欠な希少金属・マグネシウムだ。日本も統治時代、半島の北地域で6カ所のマグネシウム工場を操業していたという。
ちなみに、オーストリアの世界的耐火煉瓦メーカー「RHI」社は高品質の北産マグネシウムを年間最大2万トン、取引業者を通じて輸入していた(同社は現時点では、北朝鮮国内の現地生産は考えていない)。

すなわち、北朝鮮の市場価値は核兵器、弾道ミサイルの不法生産だけではなく、レアメタルなど貴重金属の世界的埋蔵地だということだ。北が核兵器を放棄し、非核化を実施すれば、地政学的、戦略的価値は一時的に下がるかもしれないが、依然、魅力的な国だ。短期的には、安価な労働力の供給先となる一方、長期的には中国、ロシアと日本を結ぶ中継地として様々な貿易拠点となり得る潜在的な可能性がある。

大量破壊兵器の製造を放棄し、韓国や日本との技術協定を締結していけば、北朝鮮は質の高い労働力を有しているだけに、経済発展の道が開かれるだろう。あれも、これも、全ては北の非核化にかかっている。

問題は、独裁者の金ファミリーへの処遇だ。彼らが北の歴史的展開に貢献すれば、その安全保障を与え、亡命先を考えなければならないだろう。金ファミリーが抵抗した場合、独裁者のファミリーは過去の言動の代価を払わなければならなくなる。ルーマニアのニコラエ・チャウシュスク大統領夫婦やイラクのサッダーム・フセイン大統領の結末を想起すれば理解できる。

文在寅大統領は北が非核化に応じた場合、韓国型原子炉を建設して、北側に電力を供給する案を考えているという。人工衛星の朝鮮半島の夜の写真をみれば、北部は暗闇の世界だ。そこで韓国の平和の電力を供給しようという発想だ。アイデアは素晴らしいが、北が暗闇なのはそれなりの事情があるからだ。韓国製の電力で24時間、電力を享受できるようになれば、暗闇は無くなるかもしれないが、これまで暗闇の中で隠されてきた世界まで光に照らし出されることになりかねない。北は独裁国家であり、多くの国民が人権を蹂躙され、迫害下で生きてきたという事実だ。その暗躍部分を韓国の光が照らし出した場合、北の独裁政権は存続できなくなる。

南北、米朝首脳会談の2つのビッグ会談は北の命運と共に、独裁者の未来をも決定するかもしれない。金正恩氏が間違ったカードを切らず、正しい判断を下すことを心から願う。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年3月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。