米朝首脳会談:どう展開しても日本には深刻なシナリオばかり

潮 匡人

板門店(写真AC:編集部)

去る3月16日付「産経新聞」朝刊一面トップ記事は以下のスクープを報じた。

北朝鮮が支援するハッカー集団が2月上旬から3月中旬までに、8千回以上のサイバー攻撃を韓国の政府機関や大手企業に仕掛けていたことが分かった。(中略)北朝鮮が「ほほ笑み外交」を展開する裏で、韓国の動向を不正な手法で探ろうとしていた実態が浮き彫りとなった形だ。(板東和正記者「北朝鮮、対韓サイバー攻撃8000回 2月中旬以降 「ほほ笑み外交」の裏で活発諜報」

当欄をふくめ、私がメディアで懸念してきた展開が続いている。しかも事態は私が危惧した南北首脳会談に留まらず、実現すれば史上初となる米朝首脳会談に向かって突き進んでいる。

いずれも仕掛けたのは北朝鮮だ。去年11月のICBM発射を受けて北は「国家核武力(核戦力)が完成した」と宣言。今年の年頭演説でもキム委員長が同じ表現を使って世界を威嚇した。最近も、3月7日付「労働新聞」(朝鮮労働党機関紙)を通じて「核武力を強化してきた選択は正しかった」と自己正当化している。いまや自信に満ちた北朝鮮が韓国を利用し、アメリカと世界を振り回している。

4月1日から実施される米韓合同軍事演習も例外でない。3月7日、北は祖国統一委員会の公式サイトを通じて「演習が再開されたら朝鮮半島情勢は破局へと突き進む」と恫喝。その3日後(3月10日)、韓国のチョ・ミョンギュン(趙明均)統一相が「今後の南北関係の改善によっては、米韓合同軍事演習をめぐる調整が可能になる」と述べた(韓国KBS)。要は、演習規模の縮小を示唆したわけである。

さて演習の規模はどうなるのか。3月21日現在の情報では、演習期間が例年から半減する予定だ。しかも米軍は合同軍事演習に空母を派遣しない方針を固めたらしい。今年2月までは、空母3隻に加え、強襲揚陸艦3隻(F-35B搭載)も演習に参加すると見られていた。それが今や、原子力潜水艦やB1爆撃機なども参加しないというから驚く。

当初の演習計画では、1991年の湾岸戦争開始直前に準じる「最大限の圧力」が加えられるはずだったのが、ほぼ最低限まで下がってしまう。時事通信の報道によれば、北朝鮮を刺激しないよう、演習規模を縮小させると米韓で合意したらしい。こうした姿勢がキム・ジョンウン委員長の眼にどう映るであろうか。

冒頭の記事に登場する「サイバー攻撃」は北朝鮮の専売特許ではない。中露はもとより米国のお家芸でもある。新国務長官に指名された米CIAのポンペオ長官は去年5月、CIAに対北朝鮮「ミッションセンター」を新設した。そこでサイバー攻撃を含む作戦が実施されてきたに違いない。そうした〝攻撃〟を主導してきた陸軍出身のポンぺオが国務長官となる(1986年に米陸軍士官学校を首席で卒業)。最近も「イラン核合意の破棄」を訴えたほか、北朝鮮関連でも強硬な発言が目立つ。「最も危険なのは(核を)支配している人物だ」、「北朝鮮の人々もキムジョンウン(金正恩委員長)が去るのを見たいはずだ」と北の体制転換に積極姿勢を示してきた(昨年7月の講演)。

果たして米朝首脳会談の行方はどうなるのか。そもそも開催地はどこなのか。本当に開催されるのか。詳しくは月刊「正論」5月号(4月1日発売号)掲載の拙稿に委ねるが、硬軟いずれのシナリオを辿っても、日本にとって重大かつ深刻な課題を残す。

もし首脳会談が決裂すれば、残された解決策は軍事オプションしかなくなってしまう。湾岸戦争のごとく、米軍の大規模な航空攻撃が始まる(湾岸戦争直前も当時の米国務長官とイラク外相がジュネーヴで会談し決裂した)。最近、米軍は従来の「5027」や「5015」あるいは「鼻血作戦」に代わる、新たな大規模対北攻撃作戦を計画したと聞いた。もとより中身を知り得る立場にないが、いわゆるICBMなど米国の安全保障にとって死活的な目標を最優先で攻撃するに違いない。日本を射程に収めるノドン(ミサイル)などの関連施設や発射台への攻撃は二の次となろう。武力攻撃に先立ち、いわゆる海上封鎖が行われる可能性もあるが、以前当欄で指摘したとおり、関係法令の縛りから海上自衛隊は実効的な措置を講じられない。

あるいは米朝首脳会談で、いわば日本の頭越しに、ICBM(だけ)の開発中止や、核開発の「凍結」など中途半端な合意に至る可能性がある。「戦争が回避された」と評価する声が出るだろうが、それでは核に加え、日本に届く中短距離弾道ミサイルが温存されてしまう。日本にとって最悪のシナリオとなりかねない。安易な妥協は将来に禍根を残す。

北朝鮮が合意を誠実に履行するとも思えない。1994年の「米朝枠組み合意」で北朝鮮は「核開発の凍結」に同意していた。同様に2005年の「6か国協議」でも、北朝鮮が「すべての核兵器と既存の核計画の放棄」を受け入れることなどを明記した共同声明が採択されたが、翌年、北は核実験を強行した(詳しくは前掲拙稿)。それでも関係国は2007年、「核施設の無能力化」などの見返りに重油を提供。北がIAEA査察官の常駐を受け入れたことなどを受け、2008年、米ブッシュ政権が「テロ支援国家」の指定を解除。にもかかわらず(だからこそ?)、北朝鮮は翌2009年、再びIAEA査察官を国外に追放、6か国協議のボイコットを宣言。翌2010年に高濃縮ウランの生産を自ら公開した。それでも米朝両国は協議を重ね2012年、北朝鮮がIAEAの監視を受け入れ、アメリカが食糧支援を行うと合意したが、その直後、北朝鮮は「人工衛星の打ち上げ」と称して長距離弾道ミサイルに転用可能な「テポドン2」を発射した。

三度目の正直という言葉もあるが、二度あることは三度あるという言葉もある。みたび北朝鮮が裏切る可能性が高い。けっしてトランプ大統領は中途半端な合意で満足してはならない。ハリス米太平洋軍司令官の言葉を借りれば、そのときキム委員長は「勝利のダンスを躍り出す」(3月15日米上院軍事委員会公聴会)。今後の数カ月が正念場となる。

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潮 匡人
文藝春秋
2017-05-19