戦後70年談話の有識者報告が出ました。西室泰三日本郵船社長が座長を務めた「21世紀構想懇談会」の有識者16名が中心となって作成したものです。安倍首相の8月14日頃に行うとされる「戦後70年談話」の下地的報告書であり、注目されていました。
私も早速全文を拝見しましたが、基本的に近現代史の現状、問題点、日本の将来に求められることを濃密ながら極めてコンパクトに且つ、淡々と記載しています。あとは安倍首相がどのようなトッピングをするのかに注目が集まります。
安倍首相は同有識者会議が発足した際に「報告書は参考とするが、それをどう斟酌し談話に反映させるかは首相が決める」としています。それを踏まえてか、報告書そのものも感情論を抑え、バランス感覚を重視した内容となっています。ある程度歴史背景を認識している方なら大体30分程度で読めるかと思います。
一読した感想としては現代の歴史観にマッチし、よくできていると思います。バランス感覚に優れた内容で私のブログで時々書かせて頂いている内容とも大筋ポイントは合致しております。
報告書に「日本の近現代史の教育ははなはだ不十分であり、高校、大学における近現代史教育を強化すべきである」と指摘ある通り、知っているようで知らないのが近現代史であります。多くの戦後生まれの日本の方はピンポイントの知識はあっても世界と日本という二つの潮流のなかで多くの事件、事象がなぜ起きたのか、把握している方は少ないでしょう。
このあたりの認識の不十分さが近隣諸国との軋轢の原因の一つになっていることもありますからせめてこの力作の報告書を一度、じっくり腰を据えて取り組むのも一策かと思います。この報告とは別に高校で歴史総合として近現代史を必須とする方針が一昨日発表されていますが多分、文科省あたりと話がリンクしているのでしょう。
この報告書で私がいくつか感じたことがあります。
まず、戦前の施策に於いて「幣原外交の名で知られる列国との協調が主流」と表現し、幣原外交を評価していることであります。幣原喜重郎氏は日露戦争当時から戦後には首相として現在のマッカーサー草案の憲法改正を採択するなど歴史の生き字引のような外交官であります。戦前、軟弱外交と指摘され、軍部とそりが合わず、苦労した方ですが吉田茂、広田弘毅の上司でもあり、戦前日本を語るに於いて海軍で侍従長経験もある鈴木貫太郎氏と並び、絶対に欠かせない人物の一人であります。
私が学生時代に戦前外交史を必死に紐解いていた際、確か、学術界と外務省は幣原外交をほとんど評価していませんでした。また、氏はあまりにも地味で著書も口述自叙伝が僅か一冊残っているだけです。この本は非常に価値があり、例えば小村寿太郎の日露戦争の際の講和条約について幣原の目線で書くなど極めて貴重なのですが、今や入手困難かもしれません。その幣原の名前がこの報告書で出たのは彼の外交が軟弱ではなくバランスとれたものである点において現代において見直される気運なのかもしれません。
次に戦争責任については「軍部と当時の政府」との認識が報告全般の基調となっています。ある意味、軍部と国民を切り離し、軍部悪玉説を採ることでドイツがナチス悪玉論をしたのと似たロジックを展開するのでしょうか?政府の責任については具体的な名前が挙がっていませんが、近衛等を指しているのか、くるくる変わった無責任な首相達とその内閣を責めているのか、はたまた文官でA級戦犯の広田を指しているのかは不明瞭です。レポートの読み方によっては当時の首相は傀儡であったとも取れますが、個人的には政府は軍部に実質乗っ取られていたと断言してもよいのではないかと思います。
中国関係については前向きに記載されています。「掛け違いになっていたボタン」と日中間の戦後の関係を称し、和解を進めることで関係改善が図れるというポジティブなトーンとなっています。このかけ違いの部分について戦後の両国間の歴史、政治の行き違いが報告書ではわかりやすく説明されています。このちぐはぐさが取れれば両国関係はうまく波長があうだろう、というニュアンスに読めます。中国側も本レポートの第一報のコメントは悪くない反応でありました。
一方の韓国関係ですが、こちらは厳しい表現が多く、中国との比較で読んでもおっと驚くほどの差が出ています。報告では戦後すぐに南北に分かれ、南は意思に反し日本と同じグループに属したことで激しいジレンマに陥り、その後の対日政策も「理性と心情が交差」していると表現しています。特に「朴槿惠大統領は就任当初から心情を全面に出しており、これまでになく厳しい対日姿勢を持」ち、「慰安婦問題に対する個人的思い入れ」とも表現するなどトーンが違います。
両国間の将来の関係に於いては「『ゴールポスト』を動かして来た経緯」を踏まえ韓国が努力する必要もあるし、「両国の国民感情にいかに対応するか」を共に検討する必要がある、とまとめています。
「理性と心情」と報告書にありますが、韓国人論的にはアンビバレンス(相反する感情を同時に持つこと)な国民と解されることが一般的な中で「お前は嫌いだけど金は欲しい」という意味合いに力点が置かれているのが特徴的でしょうか?多分、報告の草案者は65年の国交正常化時の協定の軸足をしっかり持って作ったとも言えそうです。
非常に中身の濃いレポートですので今後、様々な解説や意見が出てくるでしょう。そして、安倍首相が最後にどのようなフレーバーを盛るのか、ここが最大の注目点となります。本レポートは現在の政府方針をある程度斟酌しており、安保に対する根本的発想も読み取ることができます。
これから一週間、我々は近現代史と対峙してもう一度戦前戦後を考える時を迎えることになりそうです。
今日はこのぐらいにしておきましょう。
岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 8月7日付より