スロベニアのバンド「ライバッハ」(Laibach)が19日、北朝鮮・平壌の芸術会館で演奏し、そこで日本でもよく知られているミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年公開)の「エーデルワイス」や「ドレミの歌」などを披露し、観衆から歓迎されたという。このニュースを読んで、「へェー」という声が思わず飛び出した。同バンド公演は、日本から解放70周年を記念して開催されたイベントの一つだ。外国のロック系バンドの公演としては初めてという。それはいいが、スロベニアのバンドがどうしてあのミュージカル映画のテーマソングを選んで歌ったのだろうか。
金正恩第1書記がスロベニアの「ライバッハ」を招いたということは、同グループの音楽が少なくともお気に入りなのだろう。故金正日労働党総書記の次男で正恩第1書記の実兄・金正哲氏がホストならエリック・クラプトンを平壌に招いていただろう。正哲氏はクラプトンの大ファンで良く知られている。何度も欧州を訪問してコンサートに行っている。その弟の正恩第1書記のお気に入りはクラプトンではなく、「ライバッハ」だったわけだ。兄弟でも音楽では嗜好が違うわけだ。
問題は、どうして同グループがあのミュージカルのテーマソングを選んで歌ったかということだ。同グループ名はスロバニアの首都リュブリャナ(Ljubljana)の独語名だ。
そしてスロベニアの隣国・オーストリアではそのミュージカル映画は久しく歓迎されなかった経緯があるのだ。
同映画は実話だ。この映画では、第37回アカデミー主演女優賞を獲得したジュリー・アンドリュースが修道女マリアの役を演じ、トラップ大佐の7人の子供の家庭教師につく。時代はオーストリアのドイツ併合、第2次世界大戦前だ。舞台はオーストリアのザルツブルク(モーツアルトの生誕地)だ。オーストリア帝国海軍退役軍人のトラップ大佐の家でマリアと7人の子供たちの交流が美しい歌「ドレミの歌」「エーデルワイス」などと共に展開していく。
ナチスドイツ軍のオーストリア併合、退役軍人のトラップ大佐へ軍から出頭命令が届き、ドラマは急展開、ナチスドイツ軍を嫌う大佐家族は合唱コンクールに出演後、スイスへ逃亡するという話だ。
賢明な読者ならば、オーストリア国民がなぜ世界的にヒットした映画を久しく好きではなかったか推測できたのではないか。そうだ。多くの国民がナチス・ドイツ軍を大歓迎していた時、そのナチス軍の支配に抵抗して祖国を捨て逃げた家族の話だからだ。戦中派の国民はナチス軍を支援したという苦い後悔と、それから逃げて行った家族への複雑な思いを感じることなく、あのミュージカル映画を観れないのだ(「トラップ・ファミリーと『祖国』」2014年2月24日参考)。
繰り返すが、それでは「ライバッハ」がなぜこのミュージカルの音楽を歌ったのかだ。金日成主席・金正日総書記・金正恩第1書記の金ファミリーの3代に渡る独裁政治の下で苦労する北朝鮮国民にトラップ・ファミリーの話は余りにも生々しい。メロデイーは美しいが、そのミュージカルのストーリーは金ファミリー独裁政権下で苦悩する北の国民に“トラップ・ファミリーに倣え”と脱北を唆しているようなものだからだ。
「ライバッハ」のメンバーはそのことを知ったうえで選曲したのだろうか。それとも自国スロベニアの隣国で音楽の都ウィーンを誇るオーストリアの名曲を紹介しようとしただけだろうか。真相はグループ関係者に聞かないと分からない。美しい西欧的な音楽は他にも多くある。「サウンド・オブ・ミュージック」のテーマソングが選ばれたということは単なる偶然では済ませられないだろう。
ひょっとしたら、「金正恩第1書記がスイス留学中、この映画を見て感動したことがあった」という情報を入手した同グループのマネージャーが金正恩氏をサプライズさせようとしたサービス精神から選曲されただけだったのかもしれない。
付け足すが、「エーデルワイス」などミュージカル映画の中で歌われている曲は北でも良く知られている。余り知らされていないのは同映画の主人公トラップ・ファミリーの亡命劇だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2015年8月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。