ニケシュ アローラ氏の600億円

岡本 裕明

ソフトバンクの副社長で将来の孫正義氏の後継候補の一人であるニケシュ アローラ氏が600億円の個人的資金を使って同社の株式を購入すると発表しました。氏はそれまで同社の株を全く持っていなかったこと、ソフトバンクに対する忠誠心を見せるため、ということが株式購入の理由でありますが、別にそこまで購入しなくても誰も文句言わないでしょう。普通の発想ならば1万株も持てば十分です。それでも昨日の終値から計算すれば7600万円強となります。

が、何をもってこの会社に600億円も投資する気になったのか、そして最大の疑問は何処からそのお金が出てきたのか、であります。メディアも当然、インタビューでその質問をしていますが、「個人のことなので」と一切の発表はありません。日経はその質問すら載せていません。むしろ非常に立派な行動であるとしています。確かにアローラ氏の奥様の家系は相当の資産家のようですのでそちらのラインもあるかもしれません。が、一般的にはやや無理があります。

アローラ氏はソフトバンクに誘われた際に入社祝いで165億円貰っています。その前は2004年からグーグルで活躍したわけですが、その時の報酬は2012年が46億円で前年比2倍越えと報道されています。つまり、相当もらっていたことは事実であります。が、人の財布の中身を勝手に想像すれば積み上げても600億円という数字に届くにはかなり厳しいとお気づきになるでしょう。更に仮に600億円という報酬総額が導き出されたとしても税金もあるし、当然お金は使うわけですから手もとにそれだけの資金が寝ているわけではありません。ましてや全財産をソフトバンクの株式に突っ込むような真似をするわけもありません。

何故かニケシュ アローラ氏についてその顔が見えないし、まるで報道規制でも敷かれているがごとく、まじめで将来を期待されている有能な男、というイメージだけが先立つのですが、実は彼は巨額の訴訟を受けています。

時期的にグーグルに在籍していた時と重なり、ちょっと不思議な気もするのですが、2005年、ギリシャの第3位の通信会社Tim Hellasという会社をTPGとApax Partnersという二つのファンドが1.6ビリオンユーロで買収しています。その後、Hellasは同国第4位のQ Telecomを買収しています。このスキームはスプリントがTモバイルを買収しようとした際と同じ構図で、スプリントの時は失敗したということです。アローラ氏はファンド側で手腕を発揮しており、この事実で孫正義氏が彼を高く買った最大のキーではなかったかと思います。

当時、Hellas社は110ミリオンユーロ(150億円規模)の利益を上げ、市場占有率は20%、負債は187ミリオンユーロ程度であったので特に問題はなかったのですが、その後、この負債は一気に15倍に膨れ上がります。理由は同社が発行したconvertible preferred-equity certificates” (CPECs)と称する社債の償還支払いに充てられたからです。その償還の相手はこのスキームの主であるTPGとApax Partnersであり、ニケシュアローラ氏が主導したとされています。

このCPECsを使ったスキームがHellasから資金を無理やり奪い取ったという疑惑であり、これが詐欺ないし、横領ではないかというのが最大の焦点となっています。裁判はあちらこちらで展開されており、今後、アローラ氏個人を含む訴訟がTPGとApaxが組成されたルクセンブルグやHellas社のあったギリシャでも展開してくるはずでこの問題が徐々に明白になってくるかと思います。ギリシャはHellas社からの未納の税があるとされ、ギリシャの再生に於いて当局はこの資金回収に死力を尽くすのではないかと考えられます。

伝え聞くところによると訴訟規模はUS1.3B(1625億円)プラス金利のようです。アローラ氏がその際に手にした金額がどこに消えたのでしょうか?訴訟はTPGとApax Partners二社とアローラ氏をターゲットにしているようですがアローラ氏がどういう処理を行ったのか、これが不明であり、訴える方はアローラ氏に責任があったと考えているとみるべきでしょう。

このあたりにアローラ氏のソフトバンク株購入資金の隠されたストーリーがありそうな気配であります。ある日突然金持ちになる人はいません。世に知れた大起業家はIPOといった上場とその後の株価上昇に伴う資産増が普通であります。アローラ氏にIPOに絡んだ履歴は見えません。

アローラ氏がボストンで金融工学を勉強しているのですが、上述のプライベートファンドのスキームは極めて複雑な資金の流れとなっています。よって、そのあたりのスキーム作りに氏は長けていたということなのでしょう。

裁判案件ですので今の時点で彼が手にしたかもしれない巨額の資金の妥当性についてはコメントしません。但し、一見する限り、かなり黒っぽい感じは致します。孫正義氏がこの話を知らないはずはなく、その辺も含めた今後の出方に注目が集まるのではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ外から見る日本、見られる日本人 8月21日付より

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。