タイタニック号が沈没しそうになった時、子供と女性を先に救命ボートに乗せることに不満を持つ男性たちが騒ぎ出した。
船員たちは、
イギリス人男性には、「ジェントルマンでしょ」と囁いた。
アメリカ人男性には、「英雄になれますよ」と囁いた。
日本人男性には、「みなさんそうやっていただいております」と囁いた。
というジョークがある。
「決断力のない社長を動かす方法」という無料音声配信でも話したが、「みなさんそうやっていただいております」というのは、日本のみならず世界中で通用する意味不明の(?)説得方法だ。
ロバート・チェルディーニ等の学者たちは、「社会的証明の理論」と呼び、人間行動に強力な影響を与えるものだと説明している。
詳細は憶えていないが、路上で殺人鬼に襲われている人を周囲の人たちが黙って見ていた。
警察に通報することも、助けようともせず。
その理由は、周りの誰もが何もせずに見ていただけなので、自分も周囲の人間と同じ行動をとったからだと説かれている。
このような例は特殊だろうが、とりわけ初めての場所や集まりに行くと、周囲に合わせようとしてしまうのが人間の性(さが)だ。
初めて赴いた土地の、小さな駅を降りたとき、
「環境保護のため、白い羽募金を行っています。200円お願いします」
と募金を求められたとしよう。
周りを見渡すと、駅の職員も売店の人も、自分以外はみんな白い羽を胸に付けている。
臆病な私には、絶対に断れずに200円を募金してしまう“自信”がある。
よくよく考えれば、「環境保護」という名目はとても怪しいし、白い羽を付けている人たちはサクラかもしれない(観光客以外には無料で配っているのかもしれない)。
しかし、初めての土地で周囲と異なった行動をする勇気と200円を天秤にかければ、200円の方がはるかに気が楽だ。
1000円だったら、絶対に募金はしないが…。
赤い羽根募金の時期になると、国会議員のほとんどが赤い羽根を胸に刺している。
啓発の意味合いもあるのだろうが、自分だけ赤い羽根を付けずにいるという気まずさもあるのだろう。
司法修習生として高松に赴任していたとき、一つ上の42期の送別会のためのカンパをもらうため、指導担当弁護士らの事務所を2人1組で回った。
一人1万円のカンパをお願いすることになっていた。
当時、地元弁護士会の会長を務めていた弁護士さんにお願いしたとき、「他の弁護士は一人いくらカンパしているのかね?」と訊ねられ、私はすかさず「2万円いただいております」と答え、しっかり2万円のカンパをいただいた。
事務所を出てから、相方の修習生が「後でバレたら問題になるのでは?」と言ったので、「会長ということで他の弁護士よりたくさんカンパすると、他の弁護士から“偉そうに”と言われる恐れがある。かといって同額だと検察官や裁判官からケチだと言われかねない。姑息な修習生に一杯食わされたという形にする方が八方丸く収まる」と、私は答えた。
このように、会長職という(余分にカンパする)建前があっても、周囲の同輩弁護士の動きが気になるのが人間だ。
「みなさんそうやっています」で、私自身何度も痛い目にあった。
内容を吟味することなくつまらない保険に入ってしまい、挙げ句の果てに保険金が一銭も出なかったことは、拙著「説得の戦略」に書いたとおりだ。
「赤信号、みんなで渡って、大惨事」というケースは世間で頻繁に起こっている。
お金を払ったり、危険が伴う場合は、特に気をつける必要がある。
編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2018年8月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。