韓国の訪朝団が5日、平壌で金正恩朝鮮労働党委員長と会見し、第3回目の南北首脳会談の日程(9月18日~20日の3日間)と共に、北の非核化について「トランプ氏の1期の任期が終了する前までに」という金正恩氏の言質を引き出したという。金正恩氏との会見を終えた韓国大統領府の鄭義溶国家安保室長が6日、発表した。
文大統領は、①南北首脳会談の日程が決定したこと、②非核化について金正恩氏の口から初めて具体的な期限が飛び出したことの2点を挙げ、「期待以上の成果」と評価した。3回目の南北首脳会談がひょっとしたら延期されるのではないかと懸念してきた文大統領にとっては、内心ホッとしたことだろう。
ところで、なぜ、文在寅大統領は対北関係で一抹の不安を感じてきたかを少し説明する。ズバリ、朝鮮半島を取り巻く政情が金正恩氏に有利に傾きつつあり、韓国の融和政策の役割が減少してきたからだ。
文大統領は今年に入り、平昌冬季五輪大会で南北合同チームを結成し、待望の南北首脳会談も実現したことで、自身の南北融和政策に自信をもってきた。国民も大統領に絶大な支持率を与えて応援してきた。その風向きが急変してきたのだ。
韓国聯合ニュースは7日、韓国ギャラップの世論調査結果として、文在寅大統領の支持率が前週に比べ4ポイント下落して49%となり、就任後初めて50%を割り込んだと報じた。その背景については「最低賃金や雇用、所得主導成長をめぐる論争、不動産市場の不安定化などがある」と分析している。文大統領の南北融和に沸いた韓国社会が次第に現実問題(国民経済の行方)に直面し、韓国の将来に不安を感じ出してきたわけだ。
一方、トランプ氏は対北カードを駆使して11月の中間選挙を有利に運ぼうとしたが、朝鮮半島の現状を知るにつれ、短期的に解決できるテーマではないことを理解してきた。一方、国内外でトランプ氏への批判は高まっている。政治的な問題だけではなく、トランプ氏個人の問題から道徳観の欠如まで指摘され、糾弾されてきた。
例えば、米国の著名な国際政治学者ジョセフ・ナイ教授は「ホワイトハウスと嘘」の問題をテーマに論評している。結論は過去の歴代の米大統領はさまざまな嘘をついてきたが、トランプ氏はその中でもやはり特出しているという。ワシントン・ポスト紙の「ファクト・チェック・データバンク」によると、トランプ氏は就任から今年6月1日までに3259回の嘘、ないしは誤解される発言をしたという。先月25日に死去した共和党の重鎮ジョン・マケイン上院議員の葬儀に際しては、トランプ氏は共和党内の基盤の脆弱さを露呈した。
すなわち、金正恩氏の交渉相手、トランプ氏も文大統領も国内外の課題と批判を受けて、今年初めのような政治的な勢いがなくなってきたわけだ。
文大統領は、金正恩氏の「2021年1月のトランプ氏の第1期任期まで」という期限表明を「北の非核化への意思に揺れがないことが判明した」と大歓迎し、21年1月までに非核化が実現すると確信している点は親北派大統領らしい。一方、トランプ氏は6日、文大統領と同じように、金正恩氏の期限表明を評価するだけではなく、「時間をかけてもいい」と、金正恩氏にエールを投げかけている。こちらはショーマンらしい発言だ。
しかし、金正恩氏の期限表明を少し冷静に考えると、「金正恩氏はトランプ氏の再選は難しくなってきた」と予測した結果の発言ではないか、という推測が出てくる。
米大統領の任期最後の1年間は再選出馬する場合、選挙戦に集中する一方、出馬しない場合はレームダックに陥り、政治的影響力は弱まり、国民の関心は次期大統領に移る。すなわち、今後1年間が勝負だ。金正恩氏がトランプ氏と友人関係を維持できれば、非核化というテーマはしばらくお休み、という計算が成り立つわけだ。
もちろん、金正恩氏はそのために既に手を打っている。習近平国家元首の中国との関係正常化だ。金正恩氏は今年に入り短期間に3回、訪中し、両国関係はこれまでの険悪な関係を解消し、正常化に向かっている。習近平主席が9日の北朝鮮建国70年記念行事に出席できなくなったことは残念だが、中国側の事情(反習近平派の動きなど)となれば、致し方がない。
いずれにしても、朝鮮半島の政情は、今年初めと9月現在では大きく変わり、金正恩氏に有利に傾いてきたわけだ。幸い、トランプ氏は金正恩氏の「1期の任期内に」という発言を歓迎し、「時間にとらわれない」と語る一方、「もちろん、それまでは制裁は維持する」と述べ、くぎを刺している。日本側としては、トランプ氏の対北政策がこれ以上後退しないように注視しなければならない。
日本では安倍晋三首相が3選をめざす自民党総裁選、米国では中間選挙といった政治行事が控えている。朝鮮半島の政情に影響を及ぼす政治イベントは他にも山積している。それだけに、目を離せられない。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。