自民党総裁選(20日投開票)の安倍首相3選は決定的で、石破茂氏がどこまで党員票を集められるかに事実上焦点が移っている。アゴラでは総裁選の間、劣勢の石破氏に追い打ちをかける記事ばかりが目立っており、「親安倍」「反石破」系メディアの一角にみなされるのは、運営側としては本意でないこともあり、投票を前に一言書いておく。
だからといって野党のような「反安倍」ではない。安倍政権が、集団的自衛権を限定的に認め、女性活躍推進や働き方改革を旗振りしたことは率直に評価している。電波制度改革も当初の青写真どおりには行かなかったが、所信表明演説に史上初めて盛り込むなど、歴代の政権と比べても積極的な姿勢だったことは5G時代に向けて大いに期待した。なによりあの小泉政権でもできなかった憲法改正の入り口にたどり着いたことで、歴史に残る政権になったことは間違いない。
不発に終わった「ポスト・アベノミクス」論争
しかし、看板であるアベノミクスの異次元緩和政策がいつまで続けられるのか。リフレ政策を全否定するつもりもないし、私は経済や財政のことは専門でもないが、しかし、狂信的なリフレ派や財政膨張主義者たちの言うように、国の借金を無尽蔵に増やしてしっぺ返しが皆無とは思えないし、今後も膨張する社会保障の「隠れ債務」を賄えるとはとうてい思えない。
今回の総裁選で、石破氏は憲法改正のあり方から安倍政権との差別化を試み、新刊『政策至上主義』でも憲法改正の記述にもっとも注力していたが、「ポスト・アベノミクス」の出口戦略を含めた経済・財政政策の「異論」をもっと前面に提唱していたほうが、独自性をもっと出せたのではないか。
そう書くとリフレ派や安倍応援団の人たちは、ボロクソ言うだろうが、異次元緩和を推し進めてきた安倍首相当人ですら、ここにきて、「ずっとやっていいとは全く思っていない」と述べて、“祭りの終わり”があることを認め始めている(産経新聞より)。
その意味では、総裁選の政策論議では、専門家やマスコミも巻き込んで、出口戦略であったり、あるいはアベノミクス3本柱のうち途中から中途半端になった成長戦略の仕切り直しについて議論できたはずなのに、消化不良感が強い。
それだけに自民党内で、財政規律重視の本家本流である宏池会が、会長の岸田氏が不出馬となって存在感を発揮できなかったことが残念でならない。昨年から岸田氏の発言は何度か生で聞いているが、経済政策の本音のところではアベノミクスに異論を抱いているのは確かだ。結局、岸田氏は、安倍首相からの将来的な禅譲にかけたようだ。
加藤鮎子氏の決断に見る「宏池会嫡流」のプライド
前置きが長くなりすぎたが、ここから本題だ。来週、沖縄知事選の取材に行くこともあって、すでに「消化試合」と化した総裁選への興味は一層なくなっていたのだが、投票日前最後の週末になって、興味深いニュースがあった。山形新聞によると、加藤鮎子・衆議院議員が石破氏支持を表明したというのだ。
加藤鮎子氏は、故・加藤紘一氏の三女。父は言わずもがな、かつての宏池会のプリンスで一時は首相候補と目されたが、加藤の乱で失脚。宏池会は分裂した。鮎子氏は、少数派となった父のグループ直系の流れを組む有隣会、つまり、自転車事故の重傷で政界を引退した谷垣禎一氏のグループに所属している。世が世なら、父の名跡を継いた鮎子氏は“大宏池会のプリンセス”としてもっと脚光を浴びていたはずの存在だ。
宏池会が安倍首相支持に回り、有隣会は自主投票というかたちになったが、所属する中谷元・元防衛相は早々と石破氏支持を表明。鮎子氏もこれに続いた。
鮎子氏の公式サイトの政策ページには財政政策への言及はないが、朝日新聞が昨年10月の衆院選当時に行ったアンケート(山形版掲載)によると、アベノミクスについては、鮎子氏は「どちらかと言えば評価する」と、政権与党議員にしてはやや消極的な支持。プライマリーバランスの均衡達成の先送りに対しても「どちらかと言えば賛成」と回答しており、これも何か「含み」を感じさせる。本音のところはわからないが、財政再建へのこだわりを見せていた父の思いを内に秘めているのか、安倍一強のムードにあって石破氏支持を表明するあたり、「宏池会の嫡流」としての意地なのかもしれない。
小渕氏らに見る平成研「財政再建の系譜」
一方、プリンセスつながりで思い出すと、故・小渕首相の長女・優子氏も石破氏支持を一足先に表明した。所属する平成研(竹下派)は参院は石破支持に回ったが、衆院は実質的に自主投票を決めた中での決断だった。
優子氏は4年前に政治資金を巡る不祥事で閣僚を辞任し、ようやく復権のムードが出てきた中で、あえて石破支持に回るというのは、参院平成研の石破支持を主導した青木幹雄・元参院議員会長との関係性が大きいのだろうが、政策的にいえば、優子氏はバリバリの財政再建派だ。
優子氏は、党政調会の財政再建特命委員の委員長をつとめた。“小渕小委員会”は、「経済成長や人口動態に応じた患者負担の拡大」「75歳以上の窓口負担の1割から2割への引き上げ」などの社会保障の歳出抑制を主張した経緯がある。(参照:日本経済新聞「財政再建、次世代に発言力 自民・小渕氏ら30~40代」(5月15日・リンクは有料会員向け))
平成研の衆院は、茂木敏充・経済財政政策担当相を筆頭に安倍首相への積極的な支持が多数派だが、その源流をたどれば消費税(3%)を初めて導入した竹下登元首相の存在に行き着く。そして税率を5%に上げた橋本龍太郎首相も平成研輩出。橋本氏の次男、岳氏もここにきて石破支持を明言した。
岳氏はブログで「先の選挙の直前に消費税増税分の使途見直しを突然打ち出したこと」も一因に挙げている。社会保障費をどう賄うか親子二代の厚労族として譲れぬ一線もあったのだろう。派閥が竹下家に「大政奉還」された中で、小渕氏も含め「安倍一強」に抗するあたり、財政健全化の理念を継承して、ポスト・アベノミクスへの問題意識は持っているはずだ。
政党人として責任を果たした異論
もちろん、財政再建や増税に関する異論反論はたくさんあるだろう。岳氏の厚労省分割案反対には首をかしげるところもある。しかし「一強」で野党が全く機能不全になっているからこそ、まずは自民党内の政策集団同士が異論をぶつけ合い、切磋琢磨しなければなるまい。
なお、間違いなく言えるのは、自らの政策理念、信条に誓って旗幟を鮮明にした議員たちは政党人として責任ある行動をしたことだ。少なくとも、投票先を事前に明らかにしない、どこぞの元総理の小賢しい次男坊よりは、まともにみえる。