韓国では今『反日種族主義-大韓民国の危機の根源』なる本が10万部超のベストセラーらしい。共著者は「大韓民国の物語」を書いた落星台経済研究所理事長で李承晩学堂会長の李栄薫(イ・ソンフン)ソウル大教授、同研究所理事の金洛年(キム・ナクヨン)東国大教授、そして先ごろ国連で徴用工に関する「事実」を発言した同研究所の李宇衍(イ・ウヨン)氏など6名の研究者だ。
この事態に与党「共に民主党」の機関紙?ハンギョレが実に判り易い逆上ぶりを露呈している。
11日の「強制徴用が“ロマン”であったという本に出会うなんて」、26日の「日本極右代弁“反日種族主義”…恥ずかしい日本語版出版」、27日の社説「“反日種族主義”が引き起こす騒音と懸念」と「“反日種族主義”の共同著者イ・ウヨン氏、日本の極右団体から支援受けた」で、猛烈な反「反日種族主義」キャンペーンを連日繰り広げているのだ。
11日の「書評」では「光復節(*8月15日)」を前に
日本の植民地支配に対する一般の人々の常識が間違っており、強制徴用に対して“植民地支配の期間に多くの若者が金を目当てに、朝鮮より進んだ日本に対する“ロマン”を自発的に実行しただけ“と主張する本に出合うとは、..私たち内部の葛藤がいかに深刻であるかを象徴的に示している。
と嘆くことしきりだ。
26日には数々の疑惑で目下話題沸騰のチョ・グク氏が5日にフェイスブックで「附逆(反民族的)・売国親日派という呼称以外に何と呼ぶべきか、私には分からない」と同書の著者を批判したこと、及びこれに対し著者6人が20日、「数十年間の研究を盛り込んだ本には根拠を持って批判しなくてはならない、むやみに“著者が国を売った”と言うのは明らかな侮辱だ」とチョ氏を告訴したことを報じた。
加えて、「…この本の日本語版出版で日本人の誤った歴史認識がより深刻になり、事実に基づいた韓日関係正常化がさらに難しくならないかと心配になる」との匿名評論家の話やハン・チョルホ東国大学教授の次のような韓国歴史教科書の記述丸写し?の旧来型見解を載せている。
日本の右翼はいまだに「近代化されていなかった韓国を近代化させ、西欧帝国主義の脅威からも保護してあげた」という論理を展開しており、そうした論理に同調する韓国の学者がいるのはこの上なく嬉しいだろう。しかし、日本が近代の文物を持ちこんだのは、朝鮮人のためではなく、より効率的に収奪するためだった。このように根本的原因ではなく表面的現象だけを見ると、歴史的評価を間違って下すことになる。
27日の社説は「…開いた口が塞がらない。著者たちの反歴史的かつ没理性的行動はもとより、恥辱の歴史を省察・自覚できない一部の退行的流れについては、懸念せざるを得ない。…右翼の“嫌韓”攻撃の良い素材として使われるだろう。結局“実証的”研究という名の下、民族を売るようなことではないか。自問してもらいたい」として次のように述べている。
「韓国のうそ文化は国際的によく知られている事実」という文言で始まる同書は、いきなり「種族主義」という表現を使い、韓国人を“反日”に執着する未開集団であるかのように描いている。日帝による徴用に強制性がなかったという主張も、あきれてものが言えないものだ。1944年徴用令が始まる前には「募集と官斡旋」方式だったため、強制力がないというのが彼らの論理だ。
しかし、延世大学のイ・チョルウ教授が論駁するように、「搾取を目的に脅しや武力行使、詐欺などで人を募集」した場合は、人身売買と見なすのが国際的に認められた概念だ。日本の学者はもちろん、韓国の最高裁判所(大法院)も徴用の強制性を公認しているだけでなく、被害当事者たちが生々しく証言しているのに、これ以上何を言う必要があるだろうか。
「日本の学者はもちろん」と言ったところで、ハンギョレには頻繁に寄稿するものの、日本では殆ど相手にされない和田春樹氏や山口二郎氏のことだろう。そして27日のもう1本の記事は、イ・ウヨン氏の国連シンポ出席は、国際キャリア支援協会の藤木俊一氏(テキサス親父日本事務局代表の方が日本では判り易い)の支援を受けたものとの、まるでそのことに何か問題があるかのような誹謗中傷記事だ。
■
そこで「反日種族主義」の中身だが、これらハンギョレ記事で凡その見当はつく。日本語版は「文学や芸術関連の書籍を主に出版する日本の中堅出版社」の「文藝春秋から年内出版予定」と26日のハンギョレにある。早く読みたいが、概略がネットで紹介され、李栄薫教授の李承晩学堂なるサイトでも凡その内容が推測できる。
ネットの紹介には、同書が「プロローグと本文3部、エピローグで構成」され、第1部は「種族主義の記憶」(反日種族主義の起源を説明しつつ「土地・米収奪説」、「強制動員説」等に反論)、第2部は「種族主義の象徴と幻想」(反日種族主義の形成と拡散および白頭山神話、独島問題と亡国責任問題、過去の歴史清算問題)と題されているとある。
第3部の「種族主義の牙城、慰安婦」では、反日種族主義の中核である「日本軍慰安婦=強制動員された性的奴隷説」に反論し、「朝鮮王朝のキーセン制が日帝によって公娼制に再編されたこと、それを戦争期に日本軍が軍慰安所として活用したことが日本軍慰安婦制度であるとする」という。
第1部の「強制動員説」では李宇衍氏の研究が用いられ、「土地・米収奪説」と第2部の「反日種族主義の形成と拡散」では李栄薫教授の「大韓民国の物語」(文藝春秋:2009年)での主張が述べられていると思われる。筆者は前者について「国連シンポで主張された『朝鮮半島出身労働者』研究の中身」と題しアゴラに書いたが、そこで紹介した研究が詳述されているはずだ。
李栄薫教授の主張は紙幅の関係で「大韓民国の物語」の「さわり」と「目次」を紹介する。なお李栄薫教授が批判する金大中・廬武鉉・文在寅と受け継がれる時代認識は、先ごろ外国特派員協会に登壇した李泳采教授の発言を纏めた拙稿「事態を履き違えた反日攻勢の激化:破滅に向かう文在寅の時代認識」を予めご一読願う。これの「逆」が李栄薫教授の時代認識と考えられよう。
■
廬武鉉失脚の翌年に書かれた「大韓民国の物語」で李栄薫教授は、「先ず批判の標的を明確にしておくため」として、1979年から89年にかけて全六巻が刊行された「解放前後史の認識」(以下、「認識」)なる本を次のように紹介する。
解放前後史を民族主義の観点から解釈した決定版で・・1980年代から90年代に大学に通った韓国人に大きな影響を及ぼし・・六巻を合わせて百万部が売れ…在野時代の廬武鉉氏も耽読し、…(その政権の)要所に陣取るいわゆる三八六世代という政治家の現代史認識はこの本を通じ形成されました。
(廬武鉉)政権が・・甚だしくは1984年の東学農民蜂起までを対象にして、何と十六にも達する特別法を制定し、いわゆる「過去史清算」を前面に押し出していることも、同書を読むことによってその歴史的な背景を理解することができます。
つまり「認識」の否定こそが「大韓民国の物語」の目的ということだ。そしてその目次は以下だ。
第一部 歴史への視線
1 食い違う歴史認識
2 民族主義の陥穽から抜け出よ第二部 文明史の大転換
3 李朝はなぜ滅んだのか
4 「植民地収奪論」批判
5 植民地進化論の正しき理解
6 協力者たち
7 日本軍慰安婦問題の実相
8 あの日、私はなぜあのように言ったのか
9 日帝がこの地に残した遺産第三部 くに作り
10 「解放」とはどのようにもたらされたか
11 分断の原因とその責任
12 建国の文明的な意義
13 李承晩大統領を直視する
14 反民特委を振り返る
15 朝鮮戦争はなぜ起こったか
16 1950年代の再評価
17 新たなる開発の時代のために終言:歴史からの自由を
「認識」が6巻で100万部なら1巻当たり16万部、目下10万部の「反日種族主義」がそれを超える暁に、果たして韓国は「歴史からの自由を」取り戻すのだろうか。いずれにせよ日本での出版が待たれる。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。