中国国家衛生健康委員会は1月31日、中国本土の感染者は9692人で、死者は213人になったと発表した。世界保健機関(WHO)によると、2002年11月~2003年7月末までの約9か月間に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)は、世界全体の感染者数が計8096人(うち中国本土が5327人)であったということなので、この新型肺炎の感染者は中国本土だけですでにSARSを上回ったということになる。
感染症流行は歴史の流れをも変える
この新型肺炎の感染がSARSをはるかに上回る勢いで拡大しているということを考えると、少なくとも今年後半までは中国(東アジア)を中心とする世界各地にこの影響が残ると考えなければならない。つまり、東京オリンピックへの影響は避けられないということである。政府は可及的速やかにこの対応について検討を始めなければならないのではないか。もしかすると、すでに検討を始めているものの、その影響の大きさから表には出さずに内々に行っているということなのだろうか。
歴史を振り返ってみると、ペスト、天然痘、スペイン風邪など、大規模な感染症は、それ自体が世界を揺るがすような大事件であっただけではなく、歴史を変えるほどの影響をもたらしてきた。確かに、現代においてはその頃と比較すれば格段に医学は進歩しているに違いない。
しかし、それでも近年流行したエボラ出血熱やSARSなどのように感染症の流行を簡単に止めることはできないのが現状であり、心理的側面からもこの脅威は極めて深刻なものである。
今回の新型肺炎も、今後の展開次第では歴史の流れに影響を及ぼすような事態へと発展する可能性を秘めていると思われる。特に、これが今や米国を脅かすほどの発展を遂げた大国である中国がウイルスの発生源とされているだけに、予断を許さない。
まさに、このような時期にわが国においてオリンピックが開催されるというのは、「国家として極めて重大な局面に直面している」と受け止めなければならず、早急に今後の情勢を見積もってあらゆる事態に備え、開催国としての方針や対応を決めなければならないと考えるものである。もし、この対応を誤れば、わが国の危機管理に関わる国家的信頼は失墜し、政治や経済にも多大な影響を及ぼすことになろう。
東京オリンピックに向け想定される3つの影響
今回の東京オリンピックに関わるわが国の影響については、次のようなものが考えられる。
- 近隣諸国を始めとする世界各国から人が集まることから、これらの人々ともに(抑制されていた)新型肺炎のコロナウイルスも、再び東京を中心に感染が拡大する可能性がある。
- 1.の懸念や風評に関する参加国の国民意識から、中国を始めとして多くの国が参加を取りやめる可能性がある。
- 2.とも合わせて、規模が縮小されるか又は、開催自体が延期ないしは中止される可能性がある。
まず、早期に新型肺炎の流行が抑制されるか収束されるなどして、予定通り開催されるという場合には、①の危険性が残っていることから、この対応策に万全を期さなければならない。例えば、「ウイルスの上陸を阻止するための水際対策」、「感染者を確認した場合の隔離措置と除染」などといったものである。
前者については、危険地域からの入国規制なども考慮する必要があろうし、後者については、入国者数の急増に応じた国を挙げての大規模な対応措置を予期しなければならない。これらは、すでに現段階で行われるべきものではあるが、法整備も含めて今のところ後手に回っていると見られる。早急に、政府や地方自治体、医療機関や警察・消防に加えて自衛隊も交えた対策本部を設置し、オリンピック開催へ向けて各種施策を推進する必要があろう。もはや一刻の猶予も許されない。
オリンピックへのネガキャンに留意を
②については、中国を始めとして参加を見合わせようと企図する国家の情報を、あらかじめ収集しておかなければならない。国際オリンピック委員会(IOC)による開催可否の決定以前に、参加を見送ろうとする国に対しては、(ドミノ効果を防ぐためにも)これを思いとどまらせるような外交を展開しなければならない。
また、これに加えて、「日本の感染予防対策は万全であり、選手も観客も安心して入国できる」と各国が評価するような防疫対策を講じるとともに、これをインターネットやメディアなどを通じて世界に発信し、各国が安心して選手を派遣できるような環境を醸成しなければならない。
邪推かも知れないが、ドーピング問題で今年の東京オリンピックから個人の参加を含めて完全に除外される可能性のあるロシアや、全面的な参加には不安が残る中国は、これを機会に各国へ不参加を促すネガティブキャンペーンを張り、東京オリンピックを中止に追い込もうと企図するかも知れない。最近、ドイツの報道を発端に「東京オリンピック中止」という情報がインターネットを通じて拡散したのには、何か意図的なものを感じる。
IOCに対して待ちの姿勢ではダメだ
次に③の場合であるが、これは計画自体が大幅に変更される又は白紙になるということであるから、関連自治体や企業などへの経済的損失など、社会的影響は重大になると見込まれる。早急に損害に関わる見積もりを行い、この影響を最低限に食い止めるような対策を立てて、いくつかの変更案を示すべきではないだろうか。例えば、開催を「中止」ではなく「延期」するとか、規模を縮小するとか。
また、「延期するとすれば、どこまでが許容範囲か」「この決心をいつまでに行う」かや、「縮小するとすれば、どのような形態での開催が適当なのか」などといったことである。IOCの決定をなすすべもなく待っているようでは、あとで必ず後悔するような結果を招くであろう。
今回のような場合では、IOCが設置する「オリンピック競技大会調整委員会」が協議の開催に関わるリスクを取りまとめてIOCに報告し、最終的な意思決定を委ねると思われる。中でも、この調整委員会に関わる「国内オリンピック委員会(NOC)の役割は重大のものであり、オリンピック憲章(IOC:2018年版)によると、NOCは「自身の使命を遂行するため、(自国の)政府機関と協力することができる」とされている。つまり、「開催国の政府は、オリンピック競技の実行に関わるIOCの意思決定に影響を及ぼし得る」ということなのである。
いずれにせよ、対応が後手に回らないように各方面への情報収集活動を活発に行い、今回の事態を最良の方向へ導くための方策を早急に考え、実行に移さなければならないのではないか。個人的には、現在会期中である国会審議において、大半をこの問題に充てて然るべきと感じているのだが。