3月2日、北京に送ったマスクやお菓子などの荷物が3日後の5日に到着した。1か月前であれば2、3週間は待たなければならなかった。郵便局の窓口でもかなり時間がかかりますと念を押され、ある程度の覚悟はしていたが、すでに正常化しているのには驚いた。
中国は厳しいコントロールで感染例の増加が抑えられ、多くの商店が営業を再開した。1か月以上にわたる軟禁生活を強いられていた人々は、徐々に外出を始めている。
むしろ、入境後、隔離2週間が必要な対象エリアに日本が加えられ、身近でティッシュやトイレットペーパーが店頭から消える騒ぎが起きている。中国にいる学生から「なにか必要なものがあったら遠慮なく言ってください」と心配される始末だ。
つい最近まで、自宅待機で気の滅入っている学生たちを励まし、マスクの足りない学生には郵送し、わずかながらの支援をしてきたが、たちまち立場が逆転してしまったわけだ。
春節休暇で一時帰国した後、新型コロナウィルス感染の拡大で新学期の授業が3週間遅れ、休暇が大幅に延長された。3月9日からオンラインによる在宅授業が決まり、そのための準備に追われた。広東省の通達で、学生は3月いっぱい大学に戻ってはならないとされたが、当初、教師は含まれていなかったので、5日の仕事開始に合わせ大学に戻ろうと思っていた。
だが、今度は日本その他外国の感染例が増えたこともあり、逆に出国を足止めされた。今は教師も当面、外地から戻ってはならないとの指示だ。教室はまだ空っぽのままである。
思えばこの間、いろいろなことがあった。ブログの更新をさぼっていたので、心配をしてくれる友人もいたが、いたって健康である。中国の学生に送るマスクを入手するため、早朝、近所のドラッグストアで行列に加わるという得難い経験もした。大学による全校教師学生への指示により、毎日午前、携帯のアプリを通じ、その日午前と前日午後の体温や体調などの報告もしている。日中のはざまにいて感じることも多い。
昨日でオンライン授業のテストがほぼ終わった。受け持ちは3クラス、計100人、それぞれのクラスごとにネット会議を開いた。こちらの映像は絶えず流しているが、女子の中には「パジャマ姿だから」「化粧をしていないから」などとカメラを部屋の壁や天井に向けたり、本で顔を隠す学生もいる。かわいいものだ。ネットゲームに熱中している男子学生は、ゲーム用のヘッドホン着用で登場し、オンラインの世界はお手の物といった感じだ。
中国南方を中心に、武漢を含め全国各地の学生がいる。長い外出禁止でへとへとになっているかと思いきや、多くは「食べ過ぎで太った」とあっけらかんとしてる。久々の授業で、ホッとしたいう学生もいる。ただ、農村部ではネット環境が悪いためオンライン授業の条件が整っていない。カメラやマイクがきちんとそろっていなかったり、パソコンを学校においたままで、携帯を使うしかなかったりするケースもある。そうした学生には、別の方法で配慮をし、格差や不公平の生じないように気を使わなければならない。これも難しい中国の現状を反映している。
日本ではしばしば、「習近平政権にとってはかなりの打撃だろうね」「もう一党独裁も持たないんじゃないか」などの話も聞かされたが、いつものことながら、どうもピンと来なかった。日本の対中認識はまだまだ時代に追い付いていない。しかも、隣人が苦しみ、奮闘しているときに、ためにするような政治談議はすべきでないと避けてきた。
だが、国民の健康よりも、政治の打算を優先させるかのような日本政府の対応には疑問も多い。感染症は国境を越えたリスクだが、隣国の事例を他人事だと思っていたツケが回ってきたのではないだろうか。感染騒動の奇異な点だけを取り上げ、「共産党独裁の弊害」だと決めつけてはいなかったか。
ここで冷静に事態を振り返ることも、隣国を理解し、さらに自分たちを再認識するうえで貴重なことである。思うところを書いてみたい。
まず最初に伝えるべき大切なエピソードが一つある。中国に送ったマスクのうち、一部は大学の同級生から送られたものだ。京都出町柳の正院院で住職を務める木村純香(多香子)さんだ。昨年、学生を引率して京都を取材旅行した際、豆腐料理や地元伝統の念仏踊りで学生たちを歓待してくれたうえ、取材の手配でも大変お世話になった。詳細は以下のブログで紹介した。
その彼女から小包が届き、中にマスク計5組が入っていたが、それを包んだ和紙には、
「山川異域 風月同天 寄諸学生 共結来縁」
と墨で書かれていた。
今回の新型コロナ感染で、日本から湖北省に送った支援物資の段ボール箱に、「山川異域 風月同天」とあったのが大きな話題となった。もとは、鑑真和上の招請につながるエピソードで、日本から送った漢詩「 山川異域 風月同天 寄諸仏子 共結来縁」が出典だが、にわかに脚光を浴びた。彼女は「仏子」を「学生」と書き換え、私の学生たちに届けてくれるよう送ってくれたのだ。
彼女は寺院の入り口にも、学生たちが送った感謝状やペナントを飾ってくれている。ありがたい縁である。無味乾燥な政治論議よりも、よほど価値がある。
(続)
編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2020年3月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。