15日に投開票された韓国総選挙で、文大統領率いる与党「共に民主党」が全300議席の6割、180議席を得て圧勝した。目下のコロナ禍にも関わらず選挙が実行されたこと自体が与党最大の勝因だろう。が、選挙が「成功裏に行われたことをお祝いしたい」などと称賛するポンペオ米国務長官はいささかナイーブ過ぎよう。
結果を受け、17日には朝鮮日報「韓国国会180議席を獲得した与党の法案にはブレーキがない」、産経正論「文政権審判ならず日韓関係に暗雲」(李相哲龍谷大学教授)、言論テレビでの西岡勉・洪熒統一日報論説主幹・櫻井よしこの鼎談、18日には産経「与党圧勝でスーパーパワー握った文政権、危険な独走に懸念」(久保田るり子の朝鮮半島ウオッチ)、などを拝読、拝聴した。
韓国紙は勿論、産経や言論テレビもいずれ劣らぬ朝鮮半島専門家だけに、選挙結果によって今後の韓国政治がどう変化するか、またその変化が北朝鮮や日本、そして米韓関係にどのような影響を及ぼすかについて示唆に富む論を提示する。が、筆者にはそこから「中国」がほとんど欠落していることに不安を覚える。本稿では、選挙結果の直接影響を検証し、然るのち中韓の接近を考えてみたい。
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なぜ6割の議席獲得で文政権は「憲法改正以外のあらゆる法制化が可能」になるのか。それには国会乱闘の元凶だった与党暴走を抑えるべく12年に設けた「国会先進化法」が関係する。同法成立後も「議会で過半数を得れば通過」は変わらないが、通過後に大統領が再議要求した法案の再可決や大統領弾劾訴追可決などには3分の2の賛成が要ることになったという(18年4月3日ビジネスジャーナル)。
朝鮮日報は「これまで多数党による一方的な法案処理を阻んできた『国会先進化法』を無力化」すると書く。過半数の151に対する過去の選挙の与党議席は、04年ウリ党152、08年ハンナラ党152、12年セヌリ党152と、与党に少しの離反票も許されない実に微妙なバランスを韓国民は保ってきた。が、今回は与党寄りの少数野党などを加えると190議席に迫る圧倒的な勢力を文政権に与えた。
この結果、文政権には同法の「国会議員300人のうち180人以上が同意すれば、法案をファストトラック(迅速処理案件)として国会本会議に自動的に上程できる」例外条項を逆手に取った法案処理が可能となる。与党は迅速処理の最長期間を330日から105日にする法案を既に発議し、検察警察の捜査権見直し、労働者寄りの法案、大企業規制関連法案などを処理する条件を整えつつある(朝鮮日報)。
久保田氏が懸念するのは「国家保安法」(48年施行)の廃止。同法は北の工作や地下組織・活動家を摘発してきた情報機関存在の根拠法だが、文政権には同法違反での逮捕歴を持つ「主体思想派」が少なくない。同法は北の核・ミサイル戦略を軍事脅威として米韓同盟で安全保障をしてきた軍事防衛戦略にも密接にも関係する。が、文氏は「反共の砦」である同法を積弊視する廃止論者だ。
韓国の行政と司法はほぼ制圧した文政権が、曺国起訴を許すなど未だ手中にできていない尹錫悦総長率いる検察も風前の灯火だ。7月に第二検察たる高位公職者犯罪捜査処(公捜処)が新設されるからだ。公捜処の捜査対象は、大統領とその親族、国会議員、大法院長、最高裁判事、判事、検事など6,500人余りで、尹総長を含む。
言論規制や「親日派処罰法」も憂慮される。メディアでは、地上波は政権寄りだが保守系新聞社が経営するケーブル局や「趙甲済TV」などの保守系番組には数10万人の視聴者がある(久保田氏)。「親日派処罰法」の懸念は言論テレビでも語られた。西岡氏はその骨子として、①親日的発言をした者の処罰、②親日派の財産没収、③親日派の叙勲剥奪、④国立墓地の親日派の墓の掘り起し を挙げた。
李相哲氏も、「歴史問題再燃で関係悪化必至」と今後の日韓関係を憂慮し、特に今回当選した「正義記憶連帯」の尹美香氏を強く警戒する。というのも尹氏が、日本の「歴史歪曲、被害者の人権と名誉毀損、歴史否定行為に積極的に対応するための立法活動を行う計画」が「ある」としているからだ。
李氏はまた「日米とは距離、北に接近」とし、文大統領は、日本との徴用工や輸出管理の問題の成り行き次第ではGSOMIAを再び持ち出すだろうとする。文大統領が「米朝対話だけに頼るつもりはない」と何度も述べているので、対北朝鮮では非核化問題を横に措き、制裁や新型コロナで疲弊した北への協力事業を強力に進めるだろうと述べる。
米国との関係では、駐留米軍費用分担の問題、THAADの追加配置、米軍からの戦時作戦統制権回収問題、GSOMIA破棄などでは米国に譲歩せず、米国から距離をおく政策を躊躇なく進めるだろうとする(産経正論)。西岡氏や洪氏も、駐留米軍費用分担問題で譲らないことなどに依って、米韓同盟を空洞化させる可能性があると述べた。
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以上が4メディアの論旨だが、筆者はこれらで触れていない中韓関係の強化を警戒すべきと思う。これまでの文政権も十分に親北で反日だ。が、対米関係では米国に幾度かコケにされても踏み止まってきた。が、圧勝を背景に北朝鮮への接近を強めるなら、また在韓米軍経費で突っ張るなら、また日韓GSOMIA破棄に及ぶなら、それは米国からの離反とその裏返しの中国接近を意味しよう。
他方、ここ50日ほどの短い間に空前の厄災を米国と欧州にもたらしつつある中国武漢発のコロナ禍は、中国の「一帯一路」と「中国製造2025」という野望に気づいたトランプが、それを打ち砕くべくまずは貿易不均衡是正問題から開始した米国と中国の覇権争いである新冷戦の、今や一環になりつつある。
遠藤誉氏の「中国製造2025」(PHP)は極めて興味深い。特に「習近平、世界制覇へのロードマップ」と題された最終章の、中国がアフリカ全土を篭絡した手口やトランプへの対処法、日本への接近などの記述は読む者をうならせる。グレーテス国連事務総長やテドロスWHO事務局長の目下の中国贔屓ぶりも、これを読めば誰もが得心する。
そのテドロス体制のWHOを批判するトランプは「自分は戦時大統領だ」といい、マクロン仏大統領もテレビ演説で「我々は(新型コロナウイルスと)戦争状態にある」と述べた。そのマクロンはトランプと同様に「中国のコロナ隠蔽を示唆」(16日フィナンシャル・タイムズ)した。つまりは、ウイルスのみならずその背景にいる「中国の覇権」と戦っている米国にフランスも与するということか。
マクロンはまた「情報が自由に流れ、市民が政府を批判できる国と、真実が隠される国では比較にならない」、「中国の方がうまく対応したというのはあまりに無邪気だ」という。が、文政権のGPSなどを駆使した半ば人権を無視するコロナ抑え込みは、共産党一党独裁の中国の手法に似る。一方、日本の非常事態宣言は「国民の協力を要請」するもの。だからこそ日本国民の民度が問われる、と筆者は思う。
歴史を紐解けば、古来中国の冊封体制にあった朝鮮は、新羅末期に人名も地名も漢字に変え、明朝以降は天子に使う朕や勅を使わず、暦や年号も中国式に改め、定期的に朝貢使節を送る事大の礼をとって来た。女真の清朝からは小中華を言い出したが、事大癖は抜けない。共産主義者と目される文大統領の韓国が北朝鮮共々中国に一層接近しても不思議はない。文与党の圧勝はそれへの警鐘と解すべきだ。