またも安倍流の強引な政治手法
検察官の定年を延長する検察庁法の改正案をめぐり、松尾邦弘・元検事総長ら検察OBが法務省に反対の意見書を提出しました。安倍首相の強引な政治手法が招いている混乱です。
新聞社説は「やはり撤回しかない」(朝日)、「疑念は何も解消されていない」(毎日)、「疑念を持たれぬ説明を尽くせ」(産経)、「拙速な検察庁法の改正は禍根を残す」(日経)と、強く批判しています。ネットに押され、新聞の影響力は落ちたとはいえ、これが世論の大勢でしょう。
読売は例外で、いまだこの問題を社説では取り上げていません。3月に新型肺炎対策をめぐる国会審議を扱った社説の中で、付け足したように「黒川氏の定年延長に関する説明は二転三転し、国民の不信を招いている。政府は丁寧な説明を尽せ」と、指摘はしました。
読売に見出しにとった社説はなく、安倍政権を直接、批判したくないようです。定年延長に賛成なら賛成、反対なら反対というべきでしょう。「政府は丁寧な説明を」といっても、政府から丁寧な説明など聞いたことはありません。建前だけの意味のない文言です。
元検事総長らの意見書に戻りますと、「かつてロッキード世代と呼ばれる世代があった。ロッキード事件が報じられた後の検察首脳会議で神谷東京高検長が『いまこの事件の疑惑解明に着手しなければ検察は今後、20年、国民の信頼を失う』と発言した。この発言でロッキード事件の方針が決定し、田中角栄氏ら大物政財界人の逮捕に至る展開となった」と、あります。
ロッキード事件が検察史の花なのでしょう。その意欲が今の世代にもあるのなら、検察はロッキード事件の意地をまずみせるべきです。広島選出の河合議員夫妻の選挙資金疑惑に徹底的に取り組み、党本部から供与されたという1億5千万円を解明してみせてほしい。
そうはいっても、検察OBに「法が終わるところ暴政が始まる」(意見書)とまでいわれると、安倍首相は引っ込みがつかず、黒川東京高検長の定年延期の閣議決定の撤回に応じることはないでしょう。
当事者である黒川氏は検事総長就任を打診されても辞退し、混乱拡大を収拾するのが賢明です。
安倍首相には、無理やり中央突破をする強引な政治手法が目立つ。黒川氏の定年延長を1月、突如、閣議決定しました。「国家公務員法には定年延長規定があり、検察にも適用できるよう法の解釈を変更した」「黒川氏の定年延長は法務省が検討した」などは強引すぎます。
検察庁法という別の法律があり、「検事総長の定年は65歳、その他の検察官は63歳」という規定があるのに、突然「法の解釈を変更し、公務員法の規定を使った」と。ほとんど内部で解釈変更を議論した形跡はなく、「法の支配」に反する。黒川氏は親安倍政権派で有名で、政権絡みの政治事件に検察は深入りを避けたとされる人物です。
「法務省が考えた案」もウソでしょう。検察のトップ人事を法務省が官邸と相談もなく、独自に決めると、信じる者は少ない。すぐにばれそうなウソでも平気でつく。事情に通じていない森法相は国会で「口頭で決済した」と、これも絵に描いたようなウソらしいウソに見える。
国会にかかっている改正国家公務員法では、「65歳までの定年延長」を認めます。その案をまとた昨年末、検察庁法の改正も同時に議論していればともかく、それがない。黒川氏の定年延長が閣議決定された後に、検察庁法の改正を決めた。つまり黒川氏の件を合法化する後付け法と野党は批判します。
さらに分からないのは、改正法の施行が22年4月以降であることです。黒川氏は今年8月までの延長が閣議決定されているから、改正法と無関係に黒川氏の定年延長は決まっている。だから何も急ぐことはないのに、コロナ対策で国会が振り回されている時に、なぜ定年論議をするのか。
コロナ不況で企業が倒産し、休業、営業時間の短縮から、職を失う人が続出しているのに、公務員、検察官は定年延長を認められる。無神経な政治です。それこそ「不急」の法案です。
安倍首相は「今回の法改正で恣意的な人事が行われることは全くない」、と答弁しました。内閣人事局の人事権を行使し、これまで思うままの人事を重ねてきた人物が「恣意的なことはしない」と語る言葉を信じてもらうには、「延長を認める基準」の明示が必要です。それが「まだありません。改正法の施行までに決めます」(森法相)では困るのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。