北京で開催された第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議で28日、反体制活動を厳しく取り締まる「国家安全法」を香港にも適応する方針が採択された。外電によると、同法導入に賛成票は99.7%だった。
予想されたことだが、「国家安全法」の導入決定が伝わると、欧米諸国から北京政府へ厳しい批判が飛び出した。曰く、「香港での言論の自由が完全に蹂躙され、高度の自治が保証されてきた『一国二制度』が形骸化し、香港の自治が崩壊する」というものだ。香港では2047年まで「一国二制度」の高度な自治が保証されることになっている。それに対し、北京は香港内の民主勢力を駆逐するために、北京に有利な選挙制度などを実施してきたが、香港内の民主化運動は静まっていない。
「国家安全法」の導入採択に対して、米英豪カナダの4カ国は共同声明を出して、「香港国民の自由をはく奪する」と非難。トランプ米大統領は26日の段階で「厳しい対抗措置を取る」と警告を発してきた。それに先立ち、欧州連合(EU)は22日、ジョセップ・ボレル外交安保政策上級代表名義で中国を非難する声明を発表した。
中国の動向には慎重な立場をキープする日本政府は28日、「国際社会や香港市民が強く懸念する中で議決がなされたことを深く憂慮している」(菅義偉官房長官)と表明し、欧米と歩調を合わせている。日本政府の今回の反応は珍しく迅速だ。
その中で韓国政府の沈黙が目立つ。韓国の文在寅政権は29日現在、何も声明を公表していない。世界の外交で「沈黙」は「同意」を意味すると取られる。批判や支持表明が遅れた場合、様々な憶測が流れるのが常だ。韓国側は「国家安全法」導入への「影響は制限的」と判断し、批判を避けたのだろうか。駐日中国大使を呼び、遺憾の意を素早く表明した日本政府とは今回は好対照だ。
韓国メディアを読むと、米中両国は韓国を説得する外交を舞台裏で展開させている。韓国最大手紙「朝鮮日報」は「中国は駐韓国大使館を通じて韓国外務省に『国家安全法』について詳細なブリーフィングを行った」と報じている。
中国メディアによると、ソウル駐在の邢海明・中国大使は24日、中国国営中央テレビ(CCTV)とのインタビューで、「中韓は友好的な隣国として核心問題に対する互いの立場を尊重してきた。香港問題も例外ではない」、「韓国側の理解と支持が得られると信じている」と述べている。
一方、米政府は先日、ワシントンで韓国など同盟国の外交当局者を呼び、中国の狙いを詳細に説明し、米国の立場と歩調を合わすように圧力を行使している。米国はこれまで同盟国に対し、①ファーウェイ製品のボイコット、②反中国経済ブロック(EPN)への参加、③「国家安全法」導入反対の3戦線を挙げ、中国包囲網を構築するように呼び掛けてきた。
朝鮮日報は、「国家安全法の香港導入問題はファーウエイやEPNなど経済的な問題ではなく、民主主義の核心に触れる問題だ。韓国政府がその問題で中国寄り、ないしは静観した場合、韓国の民主主義の成熟度が疑われることにもなりかねない」と懸念を表明している。正論だ。
大統領就任以来、南北融和路線を推進している文在寅政権が特別、親中派というわけではない。地理的、歴史的に見ても韓国は常に隣りの大国、中国の動きに神経を使ってきた。
韓国が2016年7月、対北ミサイル防衛のために米国の新型迎撃ミサイル「サード」(THAAD、高高度防衛ミサイル)の国内配置を決定した時、中国は猛烈な報復に出てきた。サムソンのスマートフォンや韓国製自動車の売り上げは急減し、民間レベルでも中国人の韓国旅行は前年比で激減し、韓国ロッテグループの店舗建設は中止に追い込まれ、最終的にはロッテは中国市場から追放されたことはまだ記憶に新しい。
中国共産党政権は韓国を自国の勢力圏に加えるためアメとムチの両面政策を実施してきた。中国黒竜江省のハルビン駅で2014年1月20日、「安重根義士記念館」が一般公開された(安重根は1909年10月26日、ハルビン駅で伊藤博文初代韓国総監を射殺し、その場で逮捕され、10年3月26日に処刑された)。安重根記念館の話は 韓国の朴槿恵大統領が2013年6月に訪中した際に、習近平国家主席に提案したものだ。習主席は韓国側の要望に応え、ソウルを喜ばした(「中韓の『記念碑』と『記念館』の違い」2014年1月22日参考)。
韓国国防部と在韓米軍は28日夜から29日朝にかけ、サードが配備されている韓国南部・慶尚北道星州郡の基地に迎撃ミサイルなどの軍事装備を搬入したが、韓国側は事前に中国側に連絡している。新型コロナウイルスの影響で国民経済も厳しい時だけに、中国を敵に回すことは出来ない。
一方、トランプ米政権からは対中政策で歩調を合わすように圧力が高まっている。韓国は米中間の大国の狭間に立って、両者の顔色をうかがう政策を取らざるを得ない。
看過できない点は、中国共産党政権が国際社会から強い抵抗が予想される「国家安全法」の香港導入を決定したのは、新型コロナ問題で世界から中国批判の声が高まり、米国との対立は益々激化、香港を失う危険性すら感じ、焦り出しているからだ。
中国共産党政権が対外的に強い姿勢を誇示する時、国内では困難に直面し、動揺している時が多い。中国は新型コロナ問題で内外で守勢を強いられている、と受け取っても間違いはないだろう。
文在寅大統領は新型コロナ対策での成果を誇示して、世界にアピール、4月の総選挙では革新系与党「共に民主党」が大勝し、大統領の支持率は65%を超えている。そこに中国の「国家安全法」の香港導入問題が出てきた。文政権はいつまでも態度を曖昧にできない。中国を支持するか、欧米日の同盟国に加わるか、態度を明確にしなければならない。
韓国側が忘れてはならない点は、中国が北朝鮮と同様、一党独裁国家であり、民主主義とは程遠く、実際は人権蹂躙国という事実だ。韓国は本来、どちらを選択すべきかで悩む問題ではない。選択を難しくさせ、沈黙の壁に隠れざるを得ないのは、文在寅大統領自身の政治信条が反米、親北に凝り固まっているからだ(「韓国は全て失う危機に陥っている」2019年6月9日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。