16日午後、北朝鮮が、南北融和の象徴とも言うべき南北連絡事務所を爆破した。金与正談話をそのまま実行に移している。おそらく、次は、談話で「南北軍事合意を破棄する」と予告しており、それを示すため国境地帯における軍事行動にも動くことだろう。
南北連絡事務所は、2018年4月の南北首脳会談で合意されて建設されたもので、これを爆破するというのは、南北融和を一貫して追求してきた文在寅政権にとっては非常なる打撃だ。ビラはビラで頭にきたに決まっているが、それは口実に過ぎない。北朝鮮は対南関係を緊張関係に転換しようとしている。
また、これが金正恩委員長の妹、金与正氏の主導で行われたことを北朝鮮政府が人民にわかるように宣伝しているということも留意すべき点だ。「可憐な若い女性」ではなく、「冷徹に強権も発動できる(=軍も指導できる)指導者」足りうることを示そうとしているように思えるからだ。金正恩の後継者足りうる資格を示そうとしているようにも思える。そして、そうだとすれば、何等かの事情でその必要が生じているということもうかがわせるものである。
夜の深層NEWSで本件が早速取り上げられ、私も出演して専門家の皆様と議論させて頂いた。もともと日韓関係がテーマだったのだが、北朝鮮の南北連絡事務所爆破でテーマが急遽変わったので、自分なりに北朝鮮の意図や何が起きているかについて急遽考えてみたものの、「これだ!」と思う筋がスッキリまだ見えていない。要素が少しずつずれていて、パズルがピッタリ合わない感じなのだ。
分析を行うときには、いくつか過去の事例や状況を踏まえて仮説を立てて検証することにしているのだが、どれも少しずつ不足が生じる気がしている。もう少し北朝鮮の今後の行動を見ないと判断できない。おそらく、談話で予告したことは着々と実行していく可能性は高く、日本の安全保障にとっての脅威ともなり得るのでいずれにせよ注視と準備が必要である
まず、すごーくスタンダードに素直に考えてみることにする。今回の一連の行動で明らかなことは、
①北朝鮮は文在寅政権に対して怒っており、不満を持っている。「北朝鮮文学」はいつものことだが、今回の一連の談話は本当に口汚く激しい。一見清楚で可憐な与正氏が「獣にも劣る人間のくずが」とか言うところを想像すると凄みを感じる。
②北朝鮮は、対南関係を対立モードに変更し緊張関係を作り出そうとしている。
また、
③金与正氏の地位を高めようとしている、それも、軍事関係を含む強硬措置についても主導できる人物であることを宣伝しようという意図がうかがわれる。これは、わざわざ金与正談話という形で労働新聞(北の公的プロパガンダ紙)に出し、しかも、広報官にわざわざ連日後追い記事も出させているので意図は明らかである
1. 仮説1:国内要因
北朝鮮の現状について考えてみれば、北朝鮮はまず、コロナ危機の中、つまり、9割の貿易関係にある中国との国境も閉ざされている中、国連制裁はかかったままの状態に置かれているのだから、経済的に相当ひっ迫していることは予想される。また、コロナ感染者はゼロというのが公式発表ではあるが、実際には、感染者は発生しており、そのためにさらに医療も経済も厳しい状況にあることも予想される。
200万人死んだともいわれる「苦難の行軍」を90年代に経験した北朝鮮なので、経済的困窮には慣れっこの面もあり、もともと苦しいところがさらに苦しくなったからといってそれほど一般人民からの危機を感じるかといえばそうでもないとは思うが、国連制裁で外貨が獲得できず、そこに関連する金王朝支持層のハイクラスな人々の不満が高まっていることは予想に難くないだろう。
とすれば、金王朝体制維持が最優先課題の金正恩からすれば、まず、国内の体制引き締めというか支持層の不満反らしという動機から、北朝鮮が直面している困難を韓国に責任転嫁する、そのために対外強硬路線を取るということはあり得る。(90年代の「苦難の行軍」の後、父金正日委員長は先軍政治に舵を切った例もある。)
また、金与正についていえば、生存は確認されたとはいえ、コロナ危機もあり、金正恩の健康問題があるとすれば、自分が万一の時に金与正を後継者として移行できる体制の準備をしておく必要を金正恩が感じたことはあり得ようし、また、すぐに後継のタイミングがくるとは思っていないとしても、信頼できる唯一の人間である金与正の地位を上げて自身の立場を強化する必要性を感じているのだろう。
2.仮説2:瀬戸際外交
(仮説1.と二律背反ではなく)もう一つは、対韓国、というより、米国を念頭においた国際社会に対し危機を作り出すことにより、北朝鮮との制裁解除を含むディールを引き出すことを狙っている可能性である。お得意の「瀬戸際外交」に舵を切ったということである。
北朝鮮は、第一次核危機(93年NPT脱退)の後は、日米韓から軽水炉支援を引き出し、第二次核危機(ウラン濃縮疑惑)の後は、六か国協議と制裁解除と支援に持ち込んだという、「成功体験」がある。
昨2019年2月のハノイでの米朝会談は大失敗に終わったわけで、それ以来、米朝に進展はなく、国連制裁は残ったまま。トランプ大統領は、コロナ対策はじめ国内問題に忙殺され、北朝鮮との交渉に興味を失ったかのような感もある。となれば、北朝鮮からすれば、現状が継続しても得るところがない。じり貧である。しかも、使えるかもと思って一時期待してみた文在寅政権は、対米レバレッジとして全く役立たずであることが分かった。
となれば、現状継続に余り意味がない以上、核兵器を増産して核兵器国としての既成事実を作り、「下駄の雪」の文在寅政権(北朝鮮が何をしようと文在寅の対北融和路線は変わることはないと見切っているので、対南関係を考慮する必要がない)の韓国との間に緊張関係を作り出し(米国に対してはさすがに怖くてできない)、それによって、米国(はじめ国際社会)に北朝鮮を何とかしなければという機運を醸成し、願わくば、危機の回避と引き換えに制裁解除の譲歩を引き出すということはスタンダートな発想ともいえる。
しかし、この仮説の留意点は、トランプ大統領は11月まで大統領選挙以外のことを考える余裕はなく、おそらく、選挙戦にとって有利になるか不利になるか不透明な北朝鮮との交渉を再開するかどうか余り見込みがないという点である。
北朝鮮は、核兵器を30~40も増産しているとのSIPRIの分析も発表されているように、北朝鮮は核兵器国であることの既成事実を強化しようとしている。したがって、北朝鮮との交渉は、現実的には、「核廃絶」ではなく「軍縮交渉」にしかならないと思う。それを選挙戦に上手く活用するのはそんんなに簡単ではない。
北朝鮮もそれは十分わかっているであろうから、トランプが対北交渉に反応すれば良し、反応しなかったとしても、何もしないよりはましであり、その間に核兵器国としての既成事実化を進めればよい程度の構えなのかもしれない。
3.韓国について。
金与正談話を見れば、韓国に対して強烈な不満をぶちまけるとともに、「やるべき仕事をやれ」と言っている。韓国に対して、米国や国際社会に気を遣うのではなく、より明確に北朝鮮のために働くように、制裁解除という本丸に取り組めと要請している。そうして、文在寅大統領がそのような方向に動く可能性は十分あるとも思う。
さすがに、南北連絡事務所爆破については、韓国政府も「(今後挑発が続くようなら)強力な措置を取らざるを得ない」といった発言をしているし、また、今後北朝鮮が軍事行動を取れば、当然、韓国政府も対応はせざるを得ないだろう。南北関係はしばらく緊張することになるだろう。
北朝鮮が、既に融和的な韓国をわざわざ敵に回す必要もないではないか。そうなれば、日米韓離間というより、日米韓連携促進の方向の材料を与えることになり北朝鮮にとって損ではないか、という疑問もわくかもしれない。
が、私は、それでも、文在寅政権の対北融和路線は決して揺らぐことはないだろうと考える。文在寅大統領にとって、南北融和は、政治家文在寅のレゾンデートルにも等しいと思うからだ。
但し、北朝鮮は、韓国に対して高い期待はしていないのではないか。全体からすれば、「文在寅は使えない」という不満がストレートに伝わってくる内容である。むしろ、韓国は上記2.の瀬戸際外交の前哨戦としてダシに使われているだけとも思えなくはない。
チン・チャンス先生は、韓国国内の南南葛藤を引き起こして混乱させるつもりではないかとの指摘があった。そうかもしれないが、もともと「下駄の雪」の文在寅政権の勢力を削いで死にかけている保守派を生き返らせる必要はないようにも思うので、ここは北は関心はないのではないか。そもそも韓国がどうなろうと余り関心がないように思える。
結局、北朝鮮にとっては米国と中国以外には当てにできる国はないと思う。
4.コロナ禍の中、米中冷戦は激化し、国際協調枠組みの後退が見られ、自国ファースト、パワーポリティクスの風潮が歴史的転換の中にある。トランプ大統領は、コロナに黒人差別反対暴動にと国内対策で忙しく、北朝鮮への関心を失っているように見える。11月までは動きにくい可能性は読み込み済みとはいえ、北がこの中でどういう活路を見出していこうとしているのか。
北自身も混乱しているところもあるような気がしないでもないが、日本としては、状況を注視しつつ、不測の事態に備えて防衛を万全にしておく必要がある。また、日米同盟、日米韓の連携を強めるよう働きかけるべきである。
編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2020年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。