社員のストレスむしろ増 !? テレワーク時代の企業リスク本格化に備えを

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夏になって新型コロナウイルスの新規感染者数が再び拡大してきたのに伴い、通勤体制に一度戻した企業でも、在宅勤務に再び切り替える動きが増えてきた。

緊急事態宣言発令もあった春先は、中小企業のテレワーク実質率の低さが各種調査で指摘されていたが、ここにきて、政府も経済界に「在宅勤務7割」を要請。在宅シフトの流れが再び強まっており、企業側のテレワーク対応に潜むリスクについて、弁護士資格を持つAIG損害保険会社の武知俊輔さん(同社傷害・医療保険部マーケット開発担当)は「企業の規模を問わず、勤務体制が変わらざるを得なくなった」と指摘する。

一方で「ウィズコロナ」による在宅勤務体制が長期化すると、当然のことながら経営側も従業員の側も、思わぬ形でのリスクに直面する可能性がある。AIG損保では武知さんを中心にこのほど具体的なリスクの洗い出しを進めた。典型的なケーススタディをいくつか紹介してみよう。(アゴラ編集長 新田哲史)

サイバーセキュリティの思わぬ落とし穴

まずは「業務遂行上のリスク」の想定事案。ネット時代、ウイルスで怖いのはコロナだけではない。

社員所有のPCが外部からの不正アクセスを受けウイルスに感染。原因はウイルス対策 ソフトのアップデートがなされていなかった ことだったが、この PCでテレワークを行わせていたため、このPCが踏み台となり会社のサーバーへとアクセスされた可能性が浮上。デジタルフォレンジック(筆者注・証拠保全のこと)の実施・情報漏洩・被害の確認が必要となった。

(出典:テレワークに対応するAIG損保のパッケージリスクソリューション)

サイバーセキュリティの問題は、コロナ禍での在宅勤務シフト当初から指摘はされてきた。ただ、初期はデジタルインフラの脆弱な中小企業、あるいは大手でも機密管理が厳格な業種を中心に、テレワークへの移行が難しいとされる理由に挙げられてきた。

しかし、新型コロナの長期化で、都内の中小企業でもテレワークの実施率が3月の26.0%から6月には67.3%に上昇(東京商工会議所調査)。政府が7割在宅を目標に掲げるまでになった以上、サイバーセキュリティへの手立てを講じた上で在宅勤務への対応を今後も迫られるのは必至だ。セキュリティは上述した大掛かりな問題とは限らない。こんな想定事案もある。

取引先になりすました偽の請求書がテレワークをする経理担当者に届き、担当者は請求額を指示通りの口座に振り込んだ。直後、全額が引き出されて回収不能となった。通常であれば振込みに関してダブルチェックをするはずのところ、テレワーク環境下で十分なチェックを行えていなかったことが事後に判明した。

(出典:テレワークに対応するAIG損保のパッケージリスクソリューション)

つまり人的体制が手薄になってしまう「落とし穴」もあるわけだ。

話題のオンラインハラスメント。もっと深刻なのは?

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次は労災の観点から「労働安全衛生上のリスク」をみていく。

ある課で、朝礼に変わって毎朝 Web会議を 行うこととなった。課長が「全員の顔が見えないと朝礼の意味がない」として、非表示にしていた女性社員の顔出しを強要。 プライベートの過度な開示要求だとして、労働局を通じた紛争あっせんの申し入れがなされた

(出典:テレワークに対応するAIG損保のパッケージリスクソリューション)

これはオンライン会議で生じるパワハラ、セクハラの想定事例だ。ここ最近、SNSでは

「在宅でもスーツを着ろ」「Zoomは上司より先に退出するな」意味不明なビジネスマナーが日本企業を滅ぼす』(ビジネスインサイダー)という記事が話題になり、日本的・昭和的なビジネス習慣をネットに持ち込みすぎているという批判も出ている。もちろん、在宅とはいえ、仕事をしている以上、節度や自覚をもつ必要はあるが、過剰な要求がハラスメント案件になってしまうリスクは確かに小さくあるまい。

さらに深刻なのは、このケースだ。

テレワークで労働時間の管理があいまいになっており、漫然と仕事の分量で業務負荷の調整を行っていたところ、単身赴任中の従業員が突然自宅で自殺した。PCのログ解析から、毎日早朝より深夜まで継続的に業務を行っていたことが判明。労基署より過労による労災と認定され、遺族の代理人弁護士を通じて損害賠償請求を受けるに至った。

(出典:テレワークに対応するAIG損保のパッケージリスクソリューション)

テレワークでまさかの過労死?……在宅勤務になると職場のストレスから解放されるイメージがあるが、そんな単純な話ではないようだ。上司や同僚の目も行き届かず、終電の時間的プレッシャーもないとなれば、不眠不休で仕事に追われ続けてしまいかねない。過労死には至らないまでも、座りすぎや運動不足による持病の悪化も予期される。

先述したAIG損保の武知さんは「テレワークになってストレスを感じなくなったという報道を見かけると、あまりに一面的ではないか」との見方を示した上で、「日本の労働法制は時間管理が主体だが、テレワークになってしまうと、実態把握が難しい。企業側は “出社”扱いの時間を決めるなど、なんらかの枠組みに当てはめていく必要が出てくる」と指摘する。

武知さんはいま「精神障害に関する労災のデータがどう動くか気になる」という。

働く人の精神的ストレスを巡っては、2015年に労働安全衛生法が改正、50人以上の従業員がいる事業所が、ストレスチェックを義務付けられ、従業員の心理的な負担の状況を把握することが求められるようになった。

しかし、それでも精神障害の労災補償状況は年々悪化の一途だ。コロナ禍以前から続く傾向がどうなるか、オフィスから物理的に離れる人が増えたことで減るのか、はたまた深刻になるのか、予断を許さない。

グラフは「テレワークに対応するAIG損保のパッケージリスクソリューション」

新しい生活様式での働き方をどう作る?

一方で、武知さんは「働く側の意識も変わらないといけない」とも。たとえば会社の健康診断は労働安全衛生法で企業に義務付けているものだが、「従業員の協力が前提として成り立っている制度」(武知さん)。筆者が新聞記者だった頃、あまりの多忙にかまけて健康診断を数回連続でサボり、上司に大目玉を食らったことがあったが、今独立して人を雇う側になって思うと、会社にも迷惑をかけていたのだと反省した。

ところで、テレワークのリスク対策は、国も体系的にまとめているとは言い難い。オフィスのIT化の進展を見越して、各省庁とも数年前からガイドラインは作成しているが、厚労省は労務管理、総務省はセキュリティーと、テーマは個別、縦割りになっているのが現状だ。武知さんたちは今回、リスクの洗い出しで情報収集に苦労した面もあったようだが、「実は実務家レベルではスタディがあった」と明かす。

2009年の新型インフルエンザ流行時、官民連携の動きや企業法務の専門家たちの発信など緊急時におけるリスクマネジメントに関する知見が集積されており、「当時の資料を読み返してみると、労務管理的な側面や株主総会の開催方法など、企業がまさにいま直面している課題と同じテーマに関する記述も多く、今日(こんにち)の実務にも十分に耐え得るものであると感じた」と武知さんは言う。

新しい生活様式の働き方を模索することは、一見すると、まるで「正解のない時代」を象徴するように未知なる挑戦に思われがちだが、これまでの延長線にあることも少なくない。経験豊富な専門家たちの知見を活用しながら、経営者、従業員が一体となってコロナ時代のテレワーク体制を作り上げていくものかもしれない。