ジョブ型雇用の長所短所

岡本 裕明

カナダで人を雇うとき、雇用契約の後ろに業務内容を詳細に書き込んだジョブディスクリプションを付けています。要するにその人を雇用し期待する業務の内容が列記されているわけです。どこまで細かく書くかは会社次第だと思いますが、私は大体1-2ページにぎっしり書き込んできました。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

このジョブディスクリプションはこの従業員とのお付き合いの始まりで毎年査定面接をする際、この内容をたたき台にして話を進めます。その中で、例えば業務内容が変わり、違う仕事を担当してもらう場合はジョブディスクリプションにつけ足したり、減らしたりして内容を双方合意をして変更します。仮に業務内容が増える場合、従業員からは賃上げの要求が出るのは必至です。それに対して給与で上げる場合もあるし、パフォーマンスボーナスで成果に見合った金額を差し上げる場合もあります。

北米では従業員に限らず、協力業者などにお願いできる範囲もここまでという線がはっきりしているのでそれを超えると追加料金が発生します。面倒と言えば面倒ですが、慣れると線引きがしっかりしているのでわかりやすいというメリットもあります。

日本での雇用は「メンバーシップ型」が主流です。新卒で雇われた人は会社の名前だけが縁です。業務内容は何になるかは入社後にオリエンテーションをしてその後、〇〇部や〇〇支社勤務といった人事発令がされるので自分の思惑と違う部署に行くことはしばしば発生します。また、ローテーション人事ですので最低でも入社10年ぐらいはいろいろな部署を経験させられます。これを「総合職」とも言いますが、要は広範囲な経験を踏み、社内人事にも明るくなり、会社のメンバーとしてより一層活躍を期待する、ということになります。

ちょっと大げさかもしれませんが、会社帰りの居酒屋のつまみは会社の話と上司の悪口とよく言いますが、これもメンバーシップ型雇用だからこそ盛り上がるのかもしれません。

一方、ジョブディスクリプションに基づく雇用が「ジョブ型」と称する形態で日本でも徐々に増えてきています。日経ビジネスには富士通、三菱ケミカル、KDDIが何らかの形で導入している例として紹介しています。

ところで北米ではコロナで解雇された人たちは政府の手厚い補助で今日までしのいできました。その政府支援金が切れる今、再度労働市場に戻ってくる動きが活発化し始めていますが、思った以上に苦戦をしている人が多いように感じます。コロナからの回復が遅れている企業が相当ある中、雇用の枠そのものが絞られており、以前のように業務拡大を前提にやや多めに人材確保していたような業種からあぶれてしまったように感じます。個人的には失業率は割と高止まりするかもしれないという気がしています。

この場合、業務能力のみならず、その人の性格や仕事への取り組み姿勢など多面的に判断される傾向が強まるとみています。とすればジョブ型である特定の能力だけを持ち合わせていれば仕事がゲットできるというわけでもないかもしれません。日本の場合、特にジョブ型採用が普及したとしても組織の中にうまく溶け込むことが重視されるため、単に仕事ができればよいというわけでもない気がします。

当地で住宅を作る場合、その協力業者の数は時として2-30社に及ぶこともあります。理由は工種が多いというより業者ごとに細かくやる範囲が決まっているためであります。例えば昔の日本の大工さんは家一軒ぐらい建てられたものです。私が数年前に東京で建てた木造の物件も大工二人が電気と水回り以外はほとんど全部やってしまいました。そのため、作業が早いのですが、北米で同じものをやれば業者数が増える、仕事の取り合いとスケジュールが煩雑になり、コスト増と工期が長いというダブルパンチを食らってしまいます。その点では私はジョブ型は非常に高いものにつくと感じています。

これは企業がジョブ型を進めれば必ずぶち当たる問題で人事に於いて駒を動かすような自由度が狭まるため、ある特定の業務に穴が開いた場合、その穴にピッタリ収まる人材探しに苦戦し、挙句の果てに高い人件費を払わねばならないことになります。例えばある人を100の給与で雇ったものの10年後に150に昇給したところで退社したとします。業務は時間とともに複雑化していくため、この時間軸と経験の積み上げの価値が実は150よりもはるかに増えていることも多く、次に雇う時は賃金水準が180とかあるいは100を二人という形になってしまうのです。欧米で人件費が高くなる秘密はここにあるため、日本がジョブ型を採用すれば「人件費インフレ」が起きやすくなります。

ではどうすればよいのか、ですが、一つの案としては折衷型があるかもしれません。つまり従来通り総合職であるメンバーシップ型雇用は数を大幅に絞りながらも継続し、ジョブ型との混在にし、専門職型とのラインを分ける方法があります。かつては専門職型は昇進できないとされましたがそれを取り外して可能性を与えることは必要かと思います。

私は日本型雇用は確かに世界から見ればガラパゴス化していますが、必ずしも全部が全部悪いとは思っていません。むしろ、ジョブ型の弊害を見てきたからこそ、良いとこどりができればベストなのだろうと考えています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年9月28日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。