日本は「変な国」になってゆく - 池田信夫

池田 信夫

きょうEconomist誌の記者の取材を受けました。彼の疑問は「日本経済がやるべきことは、ずっと前からわかっているのに、なぜちっとも前に進まないのか?」ということなのですが、答に困りました。Economist誌(あるいは経済学者)にはわかりきったことでも、そういう問題が問題と認識されないことが日本の問題なのだ、ということをあらためて認識したので、英文ブログにまとめました。


たとえば労働市場を柔軟にしないと非正規雇用の問題は解決しないということは、東京支局長の彼から見ると自明の理で、労働市場の改革はイギリスの労働党でさえ取り組んだテーマです。ところが民主党は派遣労働を禁止しようとしているというと、彼は「民主党は何を考えているのか。連合のエージェントなのか」。労働市場が日本経済のボトルネックになっているという認識は、彼も共有しているようです。

「資本市場はどうか。もう規制はほとんどないのに、企業買収も起業もだめじゃないか」。いや、それも労働市場とからんでるんですよ。日本のサラリーマンは年功賃金で会社に「貯金」させられるので、40ぐらいでやめると生涯所得で1億円ぐらい損する、と答えると、「1億円以上もうかるビジネスを起こせばいいじゃないか」。そういわれると確かにその通りで、やっぱり「アニマル・スピリッツ」が足りないんだろうか・・・

それから政治家がほとんど知らないむずかしい問題として、産業構造が垂直統合から水平分業に変わっているという点があります。さすがにEconomistはこれも理解していて、「系列内の分業をあれほどうまくコーディネートできる日本企業が、なぜグローバルな水平分業はこんなにへたなのか?」う~ん、私もさすがに言葉に詰まったけど、それは戦略的行動に慣れてないんですよ。日本人は長期的関係にもとづいて互いを知り尽くしてから取引するので、よく知らない相手とグローバルに交渉できる経営者は非常に少ない。

要するに、これはゲーム理論でいえば、繰り返しゲームが1回きりのゲームに変わり、長期的関係によるコミットメントが役に立たなくなるという根本的な変化なのですが、誰もそれに気づいていない。Folk Theoremが成り立つような状況というのは例外的で、高度成長期の日本は世界史上でもまれな高い成長率が20年ぐらい続くラッキーな時代だったけど、それが終わったら普通の戦略的ゲームをやるしかない。

ところがこういう戦後の一時期の現象を「日本の伝統」だと錯覚して、「国家の品格」やら「武士道」やらを振り回す人が出てくる。経済学者まで「転向」して、「日本の安心を世界に輸出しよう」とか言い出す。そういう安心(長期的関係)が成り立つための持続的な成長という条件がもうなくなったという現実を見ていない。このままでは、中国にも抜かれるのは確実です。彼らのほうがはるかに戦略的だから。

彼と話していて恐いと思ったのは、Economist誌の常識というのは世界の政治・経済の指導者の常識でもあるわけで、そこから見て日本が「わかりきったことを実行できない変な国」と見られているということは、日本は世界のリーダーからも同じように見られてるんだな、ということです。

もちろんEconomistの常識が正しいとはかぎらないけど、そういう考え方が日本ではほとんど理解されていなくて、麻生首相が小泉改革を「市場原理主義」と呼んで「決別」したりする。情けないのは、世界の常識を理解した上で日本はどういう戦略をとるのかを語れる指導者がいないことです。麻生氏の話も鳩山氏の話も、Economist誌には矛盾だらけのポピュリズムとしか見られていない。やはり本質的な変化は、あと2、3回、選挙をしないと出てこないのでしょう。

コメント

  1. minomi66 より:

     「転職者=脱落者」である以上、雇用流動化など進むわけがない。必死でしがみつきますよ。

    >>日本のサラリーマンは会社に「貯金」させられるので、40ぐらいでやめると生涯所得で1億円ぐらい損する

     そういう貯金がない若い人であっても、正社員にこだわります。

     誰もが、侮辱されたくないからね。尊敬を得るより、侮辱されないために正社員であることが必要なんです。

     日本ではどうも忍耐力の強さで人間の価値を決めているようですから、雇用流動化がなじむわけがない。同じことを長く続ける事が尊敬を得るもっともよい方法なんです。日本では。

    つまり「一生懸命は一所懸命」

    >>麻生首相が小泉改革を「市場原理主義」と呼んで「決別」したりする。

    大体、小泉元首相ですら雇用流動化に対する逆方向の「家業」を、次男に継がせたでしょう。家業ですからね。自由競争を持ち込んだ本家ですらこの状況にあるのにこの国で雇用流動化など夢のまた夢です。
     結局、小泉元首相ですら、「一所」を守ることにこだわった。

     問題はお金の量じゃなくて、どのようなことをすれば尊敬を得て、侮辱されないですむかで判断しているかということ。

     価値観が変更されない限り、日本での転職は失敗者への一本道だ。

  2. bobby2009 より:

    >系列内の分業をあれほどうまくコーディネートできる日本が、なぜグローバルな水平分業はこんなにへたなのか?

    日本の最終メーカーは、日系サプライヤーに対して、「買ってやる」という姿勢が根底にあって、対等な取引関係になっていません。

    サプライヤー側は、標準化されたモジュラー部品をつくっている訳でもないのに、発注書を受け取ってから材料手配をしていたら絶対に納期に間に合わないようなタイミングで、受注・製造する事を強いられています。品質に対する受け取り検査義務も曖昧で、基本は納品月の翌月末に確定しますが、それから何ヶ月も経ってからの品質クレーム(交換)も有り得ます。

    酷い電機メーカーになると、利益が出ないど一括協力金などと称して、サプライヤー側へ、6ヶ月前から現在までに購入した金額の5-10%をむりやり値引きさせているところもあります。

    このような不平等な取引条件に慣れている日本の最終メーカーは、合理的かつ対等な取引関係を求めて来る欧米のサプライヤーとは、なかなかうまく付き合えないのではないかと想像しています。

  3. satahiro1 より:

     
    minomi66
    >「転職者=脱落者」である以上、雇用流動化など進むわけがない。必死でしがみつきますよ。
    >大体、小泉元首相ですら雇用流動化に対する逆方向の「家業」を、次男に継がせたでしょう。家業ですからね。
    >結局、小泉元首相ですら、「一所」を守ることにこだわった。

    確か、小泉氏を含めこの数年間首相の座にあった人々は、「家業」を継ぎ「一所」を先代も含めて50年以上守って来た面々であった。

    シンジロウ氏と対立候補を比べれば、二人のスキルは歴然とした差がある、ように見える。
    衆議院議員各人が国政を担う”有能な”エージェントであって欲しい私は、20代後半の若者でも勉学に励んで結果として貴重な資格を得た人物にその職責を果たして欲しい、と願う。

    明治維新は、廃藩置県を行い旧支配者層からその領地を召上げる事により達成された。

    であれば、神奈川11区や群馬4区、山口4区などに存在する、”家業・一所”と言う既得権益をメシアゲル事により、明治維新のときに起こった、と同じ事を私たちは経験できるのかも知れない。