既存メディアとインターネットの融合 - 松本徹三

アゴラでは、既存メディアに対する批判が続出しています。「どんな時代でも、またどんな国でも、メディアのレベルが民衆の知的レベルを決めると言っても過言ではないのに、今の日本の既存メディアの『姿勢』と『能力』では、民衆の知的レベルの向上はとても望めない」という慨嘆がある一方で、「今や『第四権』と言われる以上の政治的影響力を持っている既存メディアが、自らの既得権にこだわり、政治家と癒着し、或いは恣意的に『世論』なるものを作り出そうとする程に堕落している」という批判があります。


一方、国の内外で、既存メディアの経営は軒並みに悪化しており、特に、長い間権威を誇示してきた「新聞社」の経営基盤は、今や累卵の危機に瀕しています。皮肉なことに、この経営危機は、基本的には大衆の活字離れに起因しているものであり、別に新聞社に「国をリードする気概」や「正しい姿勢」がなかったから生じたものではありません。彼等が、仮に「国民の模範となるような正しい姿勢」を貫いていたとしても、現在の経営危機は回避できなかったでしょうし、「経営面を考えて、やむなく信念を捨てて、大衆に迎合している」という側面だってないとは言えないでしょう。(テレビの場合は特にそうでしょう。)

「既存メディアは救いようがないから、放っておいても徐々にインターネットに主役を奪われていくだろう」と言って、問題を単純化する人達も多いのですが、私はその立場はとりません。「新聞とテレビが全て」という時代は既に終わっていますが、新聞やテレビの存在意義は今後ともずっと存続し、インターネットとあわせて「三本足の鼎」を形成することになるであろうと信じています。

新聞やテレビには、もっとしっかりして貰わねばなりませんが、インターネットだって、それ以上にしっかりせねばならないのです。インターネットの現状は、まだ本来あるべき姿の1-2割のレベルにしか達していないと、私はかねてから考えており、克服しなければならない課題は、新聞やテレビよりもまだずっと多いと思っています。

以前のブログでも書いたことですが、Twitterのようなものがニュース取材に革命的なインパクトを与えようとしていることは明らかであっても、このことは、既存メディアとインターネットの関係を考える上では、一つの比較的小さな側面にしか過ぎません。インターネットにはまだもっと大きな使命があるのです。

Twitterは一瞬の「つぶやき」であり、いわば俳句のようなものです。「状況分析」とも、「戦略的思考」とも、「政策提言」とも、何の関係もないものです。また、Twitterによるニュース速報は、「既存メディアでは出来ないこと」を提供するものですから、評価されるのも容易です。これに対し、これからインターネットが果たさなければならない役割は、既存メディアよりも上質の「分析」や「提言」を行うことです。これはもっともっと奥が深く、且つ、難しいことです。

私は長年ビジネスの世界で生きてきましたから、対案のない批判や、具体策のない評論には興味がありません。また、よいビジネスの多くは、当事者間でWin-Winの関係が構築されることによって生まれ、力でねじ伏せようとするようなやり方からは生まれにくいということも、体験として知っています。

私が今既存メディアに望むことは、唯一つ、「如何に経営を守るためとはいえ、旧態依然たる政治家とのつながりに頼ったり、既得権にしがみついて時の流れに抗したりするような愚かなことは直ちにやめ、未来志向に徹してほしい」ということです。

更に一歩進んで具体的に言うなら、「『インターネットを敵視する、或いは軽蔑する』というような愚かなことは直ちにやめ、インターネットを包含した『統合的な報道・言論システム』を作り上げる努力をしてほしい」ということです。

インターネットは本来多元的なものであり、教条主義的に何かを押し付けたり、何かに迎合したり、或いは異質なものを排除したりすることには無縁なものです。しかしながら、それ故に、過度の「混沌」を招く恐れもなしとはせず、また「デマゴーグの温床」となる危険性も秘めています。これに対して、既存メディアは、歴史的に一定の枠にはめられている場合が多く、且つ、基本的に一元的な性格をもっているので、しばしば「教条的」になったり、逆に「大衆迎合的」になったりする可能性があります。

ということは、既存メディアとインターネットの両者の統合こそが、最も理想的な「報道と言論のシステム」を作り出すことを可能にするような気がしてならないのですが、如何でしょうか?

既存メディアは、どうして、この理想の姿を追及しようとしないのでしょうか? 「インターネットというアンチテーゼと正面から向き合って、自らの問題点を克服する一方で、自らの強みを生かして、現在のインターネットの弱点を克服しよう」と考えてはくれないのでしょうか? そうすることこそが、あらゆる批判に応えて、真に国民をリードできる存在へと自らを高める一方、迫り来る経営上の危機にも効果的に対応する「最良の方策」のように思えてならないのですが…。

私はインターネットの将来に人並み以上の期待と思い入れを持っている人間ですが、だからといって、既存メディアを決して「抵抗勢力」とは思っていません。それどころか、「既存メディアこそが、色々な問題を抱えているインターネットの現状に対して、救世主の役割を果たし得る」とさえ思っているのです。既存メディアがいつまでたってもこの期待に応えてくれないとしたら、本当に残念としか言いようがありません。

松本徹三

コメント

  1. ismaelx より:

    新聞やテレビの、政治経済の分野、特に政治に関しては、その閉鎖性が大きな問題です。「インターネット。。。デマゴーグの温床」という部分は、実はテレビのほうが激しくデマを流し続けていると思います。

    それにしてもインターネットがデマゴーグの温床であるという実例を思いつきません。

  2. forcasa3 より:

    > この経営危機は、基本的には大衆の活字離れに起因しているものであり~
    ネット上にこれだけブログや掲示板が乱立する中で、「大衆の活字離れ」もないでしょう。
    単にこれまで新聞社/出版社が押さえていた発信機能をネットが侵食しつつあり、また優秀なブロガーの台頭やコメントやトラバなどによる相互補完機能によって既存マスコミの言論の質自体も相対的に低下しているのが原因だと思います。

  3. crepscule より:

    私は共産主義ではなく「市民社会的制御主義」とでもいうか、倫理的・社会的に国民のコンセンサスがえられた理想像があって、その理想に向かって商業や技術・学問が発展していくべきだという考え方ですが(フィンランドみたいな)、わたしの考えは「右派・市場原理主義者」には受けが悪く、ひどい個人攻撃を受けた記憶があります。「そのくらい何よ」と田嶋陽子先生的に強く振る舞えばいいのでしょうが、田嶋先生みたいな人ばかりじゃないので。

    ネット上のフォーラムもその管理者が「多元な意見を発言できる場にしよう」と思わなければ、少数派は削除・攻撃され続けてあきらめる他ないでしょうね。試されているのは「管理者の器」でして、匿名のユーザも管理者の意向には従うでしょうし。つまり「自然耕」状態(どんな意見・発言もネット上に反映する)か、それとも「制御」状態(管理者にどういうフォーラムにするかイメージがあって、そのイメージにしたがってネットに反映される情報を制御する)かはそれぞれの好みですが。<今のネットがくだらない理由は日本人がくだらないからです。

  4. ismaelx より:

    >それにしてもインターネットがデマゴーグの温床であるという実例を思いつきません。

    と書いたのですが、思いつきました。学校ウラサイトとかいうのがあって、子供があることないこと書いてるそうですね。
    くだらないこと書いてるブログもあるようですが、しかしこういうのは、リアルでもあることなので、わざわざネットの問題ともいえません。

  5. hogeihantai より:

    通勤電車の中で観察してみればよく分かるが、新聞、雑誌、書籍を見ている人は少数派で、携帯電話をいじくっている人の方が多い。活字離れは深刻で日本人の知的劣化は進行するばかりだろう。然し、20年前に比べて進化した面も観察される。電車の中で日経新聞を読む女性の多さである。これは20年前には見られなかった現象だ。(私は日経の読者ですが、日経と関係はありません。)

    日本を救う方法は唯一つ、知的女性と外国人の社会的進出である。経営、政治、学会で劣化の激しい日本人男性にとって代わって貰いたい。女性天皇おおいに結構。

  6. courante1 より:

    たしかに既存メディアとインターネットを対立的にばかり捉えるのは間違いだと思います。おっしゃるように新聞テレビの存在意義は今後も続くでしょう。インターネットは文字通り核のないWEBであって、数多の情報を集積し選別する機能が大変弱く、私達が現在インターネットから得ている情報も大半は既存メディアから発信されたものです。媒体が紙からインターネットへ変わっても情報の選別機能は必要で、当面その役割を果たす可能性の高いのは既存メディアだと思います。
    『既存メディアよりも上質の「分析」や「提言」を行うこと』が実現されるためには、インターネットの中で既存メディアから独立した別の核となるものが生まれることが必要であるように思います。昨今休刊が相次ぐ月刊誌が担ってきた論壇のような機能をも期待したいと思います。
    岡田克敏