米国の「イラン核合意」復帰は慎重に

4年ごとに実施される米大統領選挙が終わると、首都ワシントンでは多くの人々が引っ越しし、新たにワシントン入りした人々は住居を探す風景が見られるという。同じように、ホワイトハウスの主人が変われば国際間の条約や契約が破棄されたり、修正されたりしたら、国際条約の信頼が揺れ、条約締結国にも混乱を与えることになるが、共和党と民主党の2大政党が大統領選ごとに政権を争う米国の場合、避けられない現象かもしれない。

当選に必要な「選挙人270人」を獲得した後、新政権の組閣づくりに入っているバイデン氏(前副大統領)は「政権発足後は地球温暖化対策の国際的な枠組み『パリ協定』と共にイランとの間で締結した核合意に再加入する意向」を既に表明している。その発言を受け、2015年7月に核合意を締結したドイツ、フランス、英国ら欧州勢は歓迎姿勢を示す一方、当事国のイランも「交渉に応じる姿勢」を示唆している。

▲オーストリアを公式訪問したイランのロウハニ大統領(左)=2018年7月4日、オーストリア連邦首相府で撮影

▲オーストリアを公式訪問したイランのロウハニ大統領(左)=2018年7月4日、オーストリア連邦首相府で撮影

トランプ米大統領は2018年5月、国連安保常任理事国(米英仏ロ中)にドイツを加えた6カ国とイランの間で13年間の外交交渉の末に締結した核合意からの離脱を表明した。トランプ米大統領曰く、「核合意は不十分であり、イランの大量破壊兵器製造をストップできない。また、同国は世界各地でテロを支援してきた」と主張し、イラン核合意の離脱理由を説明した。

それに対し、イラン側は、「わが国は核開発の意図がないことを何度も主張してきた。最高指導者ハメネイ師がイスラムの教えで大量破壊兵器の製造は禁止されているとして、その旨をファトワ(Fatwa、宗教令)で表明した」と強調し、理解を求めたが、政教分離を建前としている国にとって、ファトワといわれても信頼できないから、イランの非核化への圧力はこれまで続けられてきた。

イラン核合意では、イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、国際原子力機関(IAEA)の監視下に置く、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとし(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少などが明記されていた。

米国の核合意離脱後、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。イラン核合意を堅持したい英仏独は米国のイラン制裁で被る損害を可能な限り補填する「特別目的事業体」(SPV)を設立し、イランに投資する西側企業を支援する政策を実行してきたが、米国企業との取引を懸念する西側企業はイラン市場から撤退。イランから原油輸入はストップした。

それを受けて、イラン側は濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反。そして昨年11月に入り、フォルドウの地下施設でも濃縮ウラン活動を開始した。同年12月23日、イランはアラク重水炉の再稼働体制に入ってきた、といった具合だ。

▲核エネルギーの平和利用促進を担う国際原子力機関(IAEA)本部

▲核エネルギーの平和利用促進を担う国際原子力機関(IAEA)本部

ウィーンに本部を置くIAEAは今月18日、オンライン形式で定例理事会を開催したが、冒頭演説でグロッシ事務局長はイランの核問題に言及し、「未申告の核関連施設でウラン粒子が見つかった」として、イラン側に説明を求めたばかりだ。また、IAEAは先日、イラン最新報告書を提出したが、そこでイランが核合意で決まった上限を12倍上回る低濃縮イラン貯蔵量を有していると指摘している。

米国や欧州が懸念している点は、イランの核開発だけではなく、核搭載可能なミサイル開発だ。イランは核搭載可能なミサイル(シャハブ3)実験を行っている。イランは昨年8月、イエメン内戦で中距離ミサイルを使用している。

バイデン氏は9月の選挙戦でトランプ大統領のイラン核合意からの離脱を「失敗」と断言し、「トランプ大統領がイラン・イスラム革命防衛隊ゴッツ部隊のソレイマニ司令官を暗殺したためにイランが米軍基地を攻撃する原因となった」と述べている(米軍は今年1月3日、無人機を使ってイラクのバグダッドでイラン革命部隊「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を殺害した)。

同司令官はイラクばかりか、シリア、レバノン、そしてイエメンなどで親イラン派武装勢力を支援してきた人物であり、数多くのテロ襲撃事件の黒幕の1人だ。その意味でソレイマニ司令官は国際テロ組織「アルカイダ」の指導者ウサマ・ビンラディンやイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)の指導者アブバクル・バグダティと同様、欧米諸国では危険人物だったことは間違いない。

にもかかわらず、バイデン氏はソレイマニ司令官がテロ活動を指揮してきたことには全く言及せず、「イランの米軍基地攻撃の原因となった」としてトランプ大統領を非難したわけだ。バイデン氏はどちら側を向いて話しているのだろうか。バイデン氏の対イラン政策には一抹の不安を覚えるのはイスラエルだけではない。

米国はイラン核合意への復帰にはテヘランに明確な条件を提示すべきだ。先ず、IAEAが今回指摘した未申告施設で発見されたウラン粒子の原因について明確に説明すること、そしてウラン濃縮活動を合意内容の水準に戻すことだ。米国の「イラン核合意」復帰は慎重であるべきだ。

ただし、国際社会の制裁下にあって、イラン国民の生活が困窮している。特に、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、同国の医療機関は医薬品、機材不足で深刻な状況にある。国際社会はイランに医療器材、医薬品など人道支援を早急に実施すべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。