戦後最速となった解散・総選挙の行方

潮 匡人

いよいよ、解散・総選挙のゴングが鳴る。

去る10月4日夜、新内閣発足に伴う記者会見で、岸田文雄・第百代内閣総理大臣が、臨時国会会期末に当たる10月14日に衆議院を解散し、19日公示、31日投開票となる選挙日程を表明した。就任10日目の解散も、17日後の投開票も戦後最速となる。

なぜ、早期の解散・総選挙となったのか。

岸田内閣は「10月21日に衆議院議員の任期満了を迎えることから、可及的速やかに選挙を行う必要がある」と説明したが、この建前を額面通りに受け止める関係者は少ない。

実際これにより、10月末にイタリアで開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)と選挙日程が重なってしまった。そこまでして解散・総選挙を急いだのはなぜか。

要は、いわゆる〝ご祝儀相場〞のうちに選挙したいという算段であろう。

だが、蓋を開けてみれば、ご祝儀どことろか、逆に、株価は下がり、「岸田ショック」なる不名誉なネーミングが飛び交う展開となった。

10月8日の所信表明演説では、「分配」という単語が多用された一方(計12回)、「改革」は一度も語られず、市場は失望を隠さない。

リスクを承知の上で、早期の解散・総選挙日程に踏み切った背景には、野党の選挙準備不足を睨んだ奇襲という側面もあろう。

事実、東京都の小池百合子知事が特別顧問を務める地域政党「都民ファーストの会」が10月3日の会見で「ファーストの会」を設立し、国政進出を発表した。

ところが、翌日就任した岸田新総理が月末投開票の日程を表明。この奇襲攻撃が、急ごしらえの新党「ファーストの会」を直撃した。彼女らは「都内全小選挙区に候補者を擁立するため公募を実施する」と表明したが、もはや選挙公示日に間に合わない可能性が取りざたされている。

奇襲攻撃のより重要な目標は、野党の統一候補(阻止)であろう。9月30日、立憲民主党の枝野幸男代表と日本共産党の志位和夫委員長が国会内で会談し、日本共産党が「合意した政策を実現する範囲での限定的な閣外からの協力」をすることなどで合意した。

なお、この党首会談では、枝野代表から10月4日の首相指名選挙での投票要請もあり、志位委員長は「こういう内容が合意された以上、当然、枝野代表に投票します」と答え、そのとおりの投票結果となった。

「限定的な閣外からの協力」と、なんとも、まわりくどい表現ながら、その意義は小さくない。げんに翌日、志位委員長が「政権協力の合意をもって総選挙をたたかうのは、日本共産党の99年の歴史でも初めてのことです。日本共産党躍進、共闘勝利を何としてもかちとり、歴史を変える総選挙にしていきたい」とツイッターに投稿し、その意義を強調した。

加えて、党首会談後の記者会見でも「非常に重要で画期的な合意だ。(中略)さらに(候補者を)一本化できる選挙区を広げるための協議も速やかに進めたい」と述べた。

他方、枝野代表も、10月3日放送のNHK「日曜討論」で、「個別に調査すると、半分ぐらい(の小選挙区)で与党と互角に戦っている。小選挙区の半分を取れれば、政権を変えることもできる」、「(与党と)接戦になるであろう50から100の選挙区で、与野党一騎打ちの構図をつくりたい。実際にもう150、200近い選挙区では一騎打ちの構図が出来ています」と候補者一本化への意欲を示した。

当たり前だが、小選挙区中心となる衆議院議員総選挙では、野党の候補者がバラバラのまま乱立して戦っても勝ち目は薄い。候補者一本化は政治力学上、当然の方向である。同時に、政府与党が、戦後最速の解散で、野党の動きを潰そうとするのも、また当然の政治行動であろう。

ただし、野党の候補者一本化には、デメリットもある。

事実、新たに就任した「連合」の芳野友子会長は10月7日、東京都内で記者会見し、「連合はこれまでも共産の閣外協力はあり得ないと主張している」と述べ、日本共産党と協力する立憲民主党に不快感を示した。

芳野新会長は「連合」が推薦する立憲民主党の候補予定者の活動について、「現場では選対にも共産党(関係者)が入り込んで、立憲、共産両党の合意をたてに、さらなる共産党政策をねじ込もうとする動きがある。立憲には混乱がないよう、選対をしっかりコントロールしてほしい」とも牽制した。

政治の世界では、必ずしも、1+1が2になるとは限らない。足し算が引き算となることもある。

はたして、戦後最速の解散・総選挙が吉と出るのか、それとも……。やはり、一寸先は闇の世界である。