オーストリアのシャレンベルク首相が11月19日、「来年2月1日からワクチン接種の義務化を実施する」と表明したが、同宣言はオーストリア国内ばかりか、欧州全土に大きな波紋を投じた。欧州では医師、看護師など特定の職種を対象としたワクチン接種の義務化は既に実施されてきたが、国民全員を対象としたワクチン接種義務化はほとんどなかった。アフリカから新型コロナウイルスのオミクロン変異株が検出され、デルタ変異株に代わって世界的な流行の気配を見せていることもあって、ワクチン接種の義務化論争はより加熱してきている。
オーストリアと同様、新型コロナウイルスの感染が拡大している隣国ドイツで次期首相ショルツ氏は先月末、一般的な予防接種要件の立法手続きを年内にも開始し、「遅くとも3月からワクチン接種の義務化を始めたい」意向を明らかにしたが、メルケル政権との会合で2日、コロナ規制のより強化と共に、「来年2月以降、ワクチン接種の義務化を実施する」ことで合意している。
一方、欧州連合(EU)のウルズラフォンデアライエン委員長は1日、ブリュッセルで、「EU全加盟国で一般的なコロナワクチン接種要件の検討に入るべきだ」と強調している。EUの場合、ワクチン接種の義務化云々は加盟国の管轄問題だ。EUが加盟国に接種を強制的に義務化することは出来ないが、コロナの新変異株オミクロンの拡散気配を受け、加盟国内でもワクチン接種の義務化への機運が高まってきていることを受けた発言だ。今月16日と17日の両日開催されるEU首脳会談では、ワクチン接種の義務化に対する協議が行われるものと予想されている。
ワクチン接種の義務化論が勢いを得てきた背景には、加盟国の接種率の低さがある。ショルツ氏は、「新規感染者が増加し、犠牲者が増えている現状を静観していることはもはやできない」と述べ、接種義務化に踏み切らざるを得なくなった背景を説明している。
ドイツは1日現在、1回接種率は71.5%。2回完了者68.6%と依然EU加盟国内では低い。オーストリアの場合、71.5%、67.1%と更に低い。両国ともワクチン接種率をアップするためにさまざまな対策を講じてきたが、「国民の3分の1はワクチン接種を拒否している」という。接種率を最低でも80%以上に引き上げないと、社会の集団免疫は実現できないばかりか、感染拡大を阻止できない。オーストリアの場合、現在4回目のロックダウンを3週間の予定で実施中だ。
シャレンベルク首相は、「ワクチン接種率を上げない限り、今後も5回目、6回目のロックダウンを実施せざるを得なくなる。それを回避するためには接種の義務化しか対策がない」と、苦しい胸の内を吐露している。
外出制限、FFP2マスクの着用義務、ディスタンスの堅持、イベントの開催制限などのコロナ規制に対して「国民の自由を奪う」という規制反対派の声が大きくなり、ワクチン接種を呼びかける政府に対して「コロナ独裁だ」という声まで飛び出す。欧州各地でもコロナ規制抗議デモが頻繁に行われ、一部では警察隊と衝突する事態が生じている。
ワクチン接種の義務化という言葉を避けてきた政府は、「もはや悠長なことを言っておれない」としてワクチン接種の義務化という最後のカードを取り出したわけだ。
さて、ワクチン接種の義務化問題では国民の自由意思を無視することにもなることから、人権擁護を明記する憲法との整合問題が出てくる。ただ、「国民全体の福祉と健康を守るという名目では国民の個々の自由を制限することには問題がない」という見解が憲法学者の間では主流となっている。ちなみに、独連邦憲法裁判所は外出制限や学校閉鎖などコロナ規制の連邦緊急対策法を合法と承認している。
タイミングが悪いというか、ワクチン接種義務化論が強まってきた矢先、コロナ変異株オミクロンが出てきた。新変異株はデルタ株より感染率が高いのではないか、といった懸念が既に聞かれる。同時に、「これまでのワクチンではその感染を阻止できない可能性が出てくる」といった既成のワクチンの有効性問題が浮かび上がってきている。「新変異株の感染を抑えることが出来るワクチンができるまで接種を延ばしたほうがいい」という声がブースター接種を待つ国民の間に聞かれる、といった有様だ。
いずれにしても、ワクチン接種義務化の場合、接種拒否者への制裁問題からワクチン接種の有効期間など議論をして煮詰めなければならない問題が山積している。急ぎ過ぎてもダメだが、オミクロン変異株の感染が猛威をふるう前に防御態勢を敷かなければならない。残された時間は余りない。
なお、オーストリアでは与党「国民党」党首だったクルツ前首相の政界引退表明を受け、シャレンベルク首相は2日、「与党党首と首相は同一人物が担うべきだ」として、首相ポストを新党首に譲るため辞任の意向を表明した。同時に、ブリュメル財務相が政界引退を表明するなど、与党内の指導部体制の入れ替えが出てきた。そのためワクチン接種の義務化問題など政治課題の進展に影響が出てくるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年12月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。