自炊代行の真の問題点とは --- 小霜和也

アゴラ編集部

著名作家・漫画家連名による自炊代行業者への訴訟問題ですが、自分もクリエイティブの仕事で食べている端くれとして提訴側の気持ちはよく理解できます。
しかし残念なことに、その提訴は何ら本質的な解決へ向かっていません。
それどころか、むしろ海賊版の跋扈を助長しかねない危うさを孕んでいます。
ここが真の問題ではないかと感じています。


僕は2年ほど前に初めて自分の本を上梓しました。
その執筆中にある英文の経済学書を資料として調べる必要が出てきたのですが、ぶ厚い英書を最初から拾い読みしていたのでは見つけたい箇所にたどり着くまで膨大な時間がかかりそうだったので、それをテキストデータ化して翻訳ソフトにかけようと思い立ちました。ざっくりと日本語化して流し読みするのが早いと考えたわけです。
当時はまだ自炊が一般的ではなく代行業者の存在も知らなかったので、海外のネットで電子版を購入しました。ところがDRMがかかっていると翻訳ソフトが受けつけないのです。テキストのみをデータとして取り出すことができないからです。
結局どうしたかというと、僕が広告学校で教えている生徒にアルバイトでテキストを打ち出してもらいました。
僕は海賊版を利用しませんでしたが、正直、その理由は違法だからと言うよりは、無名な経済学書の海賊版などどこにもなかったからです。

自炊代行業者を利用する人たちはその書籍そのものではなく、様々な理由でその書籍のデジタル版が欲しいのです。
デジタルの方が扱いやすく便利なケースが多い、そういう時代になっているからです。
僕のように業務上テキストデータが必要といったケースはさほど多くないかもしれませんが、携帯電子デバイスの普及につれ、通勤時間を利用してスマホで読もうと考える人、タブレットに大量に詰め込んで長期の旅行に出ようと考える人、そういう人たちはこれからどんどん増えてくるはずです。
必要の切迫度にもよるとは思いますが、その書籍の電子版が販売されておらず、また代行業者も利用できないとなると彼らは海賊版を探すかもしれません。
過去アメリカで施行された禁酒法は、人々に違法に輸入された酒や密造酒に手を出させ、マフィアの勢いを伸ばす結果を生み出すに終わりました。
無理な抑制や禁止は思いがけない結果を引き寄せてしまいます。書籍の違法コピー問題の解決策も、そもそも時代の流れ、人々の欲求を止めることはできないのだ、という認識に立った上で検討しなければいけないと思います。

そのうち、街中でタブレットを抱えながら紙の書籍を読むのはiPodを持ちながらラジカセを聴くような奇妙な姿に映るでしょう。
そんな時代の要請に対して出版社は完全に応えていけるのでしょうか。
全ての書籍のデジタル化ができないのであれば、作家・出版社はむしろ自炊代行業者と手を組むべきです。
相互の了解の上で一定のルールを決めるということ。
たとえば、電子化する際、各ページにその業者の社名と通し番号を刷り込むようにするとか。
どの業者がどの客の代行をしたものかがわかるようになっていれば、そのコピーが違法に蔓延する抑止力となるはずです。
そのような、決められたルールに則って作業をする業者を推薦業者として認定してもいいのではないでしょうか。

このデジタル社会の中で、デジタル化させないぞ、という発想には無理を感じます。それでは悪いデジタル化と共に正しいデジタル化も抑制してしまい、市場の発展性を閉ざしてしまいかねません。させないぞ、ではなく、むしろ正しいデジタル化をさせるぞ、という発想に立つことが出版業界に限らない各業界の前向きな発展に寄与するのではないかと僕は思います。

小霜和也
no problem LLC. 代表社員

────────────────────────────────────