ロシアのオホーツク海聖域化を打破せよ

潮 匡人

seungyeon kim/iStock

最新刊『プーチンの戦争』(ナザレンコ・アンドリー著、WAC)を読んだ。

著者は、現在も激しい戦闘が続くハルキウ市(ウクライナ東部)出身の若手評論家。

今年3月3日、みずから在日ウクライナ大使館に出向き、「義勇兵への志願」を告げた経緯を同書で明かす。だが結局、「武器の代わりにペンで闘う!」と、緊急出版される運びとなった(4/29発売)。

著者のペン先は鋭い。「橋本徹氏」や「テレビ朝日報道局員である玉川徹氏」らを、こう指弾する。

こんな主張は、ウクライナの足を引っ張るだけ。「なにより命が大事だ」と人道主義をよそおいながら、結果的にはロシアに加担しているだけだ。(中略)なによりも命が大事で、国なんか、あとで取り返せばいい、というのは、国があることが当たり前で、亡ぶことが想像できない人たちの言い分でしかない。橋下徹氏は我々に「奴隷の平和」を選べとでもいうのか

まさに我が意を得たり。「なにより命が大事だ」論の問題については、今月末の「夕刊フジ」連載(「ウクライナの教訓」)および、月刊「正論」六月号掲載の拙稿「テレビを見るとバカになる」に詳論したので以下、日本の安全保障に的を絞ろう。

著者は、日本人読者に向け、こう訴える。

日本には一見無関係に見えるウクライナ問題だが、実は日本にも大いに関係がある。ロシアは陸軍の三分の一の兵力をウクライナ国境周辺に集結させているが、その多くは極東やシベリアから移動してきた部隊だ。なぜそれが可能になったのか。日本が北方領土を取り返しに来ないことがわかっているからだ。/たとえば、ロシアが西の国境に軍隊を移したら、間髪を入れず、北海道に日米の兵力を集結させ、共同軍事演習を行えば、それだけでも大きな牽制になるだろう。しかし、日本の政治家にはそれだけの勇気がないし、戦後教育に毒された世論もこうした行動を歓迎しないだろう

そのとおり(ただし「三分の一」の正確性は留保する)。結果的(純軍事的)には、ロシアの軍事侵攻を黙認したとの論評も成り立つ。逆に言えば、日本が北方領土を取り返す絶好のチャンスとも言えよう。ただし、それも「力による現状変更」であり、「戦後教育に毒された世論」はもとより、多くの読者も「こうした行動を歓迎しないだろう」。

では、上記の「北海道」ではなく、オホーツク海に日米の戦力を集結させ、共同軍事演習を行えば、どうなるか。間違いなく「大きな牽制になる」。いや、それどころか、その軍事的効果は北海道の比ではない。

オホーツク海の地図 Wikipediaより

なぜ、そう言えるのか。あえて、30年以上前の平成3年に出版された西村繁樹(元防大教授)の共著『日米同盟と日本の戦略』(PHP)から論拠を引こう。

西村は旧防衛庁内部部局で岡崎久彦(国際関係担当)参事官の部下を務めた国際派。米ランド研究所やハーバード大学国際問題研究所の客員研究員も歴任し、陸幕防衛班という中枢ポストで「陸上自衛隊将来構想」を担った元陸自幹部自衛官(故人)。ちなみに西村最後の著書名は『三島由紀夫と最後に会った青年将校』(並木書房)である。かつて西村は前掲著でこう述べていた。

ウラジオストク等のソ連海軍基地とオホーツク海を結ぶソ連の海上交通線(SLOC、シーレーン)は文字通り海洋要塞の「生命線」となると考えてよい。(中略)ソ連にとっては、少なくとも宗谷海峡を、また、冬季には宗谷海峡からオホーツク海に通じる水路が結氷し、通航が困難となることを考慮すれば、津軽海峡を制することが死活的に重要となる

事実、今年もロシア艦が宗谷、津軽の両海峡を通航した。では、なぜ、オホーツク海なのか。

オホーツク海および北西太平洋へのソ連SSBN(潮注・弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)の配備が、ソ連の内部防衛圏を拡大させて日本をこの圏内に入れ、日本に対する潜在的脅威を生み出した(中略)極東におけるソ連の「海洋要塞戦略」が続く限り、日本に対する極東ソ連軍の潜在的脅威は消滅しない(中略)日米は、今日の対ソ抑止体制を堅持し続け、実質的にソ連による「オホーツク海の聖域化」の打破を維持し続ける必要がある

ソ連がロシアとなった今も、以上の安全保障環境は続く。現に最新版の『防衛白書』もこう述べる。

ロシアは、わが国固有の領土である北方領土においてロシア軍の駐留を継続させ、事実上の占拠のもとで、昨今、その活動をより活発化させているが、こうした動向の背景として、ウクライナ危機などを受けて領土保全に対する国民意識が高揚していることや、SSBNの活動領域であるオホーツク海に接する北方領土の軍事的重要性が高まっていることなどについての指摘がある

今こそ、ロシアによる「オホーツク海の聖域化」を打破すべきではないだろうか。