ジャーナリストの「パトロン」の話

どの職種にも特定の「守護聖人」(パトロン)がいる。例えば、トンネルを掘る労働者の安全の為には聖バルバラが守っている。当方はウィーン市1区の中心街に用事がある時、地下鉄3を利用するが、途中、地下鉄ヒュッテルドルフ駅構内にはガラスケースに聖バルバラの像が飾られている。

それを見る度に、地下鉄を建設する途上には多くの労働者が地下深いところで働いていたのだなと、彼らに対する感謝の思いが湧いてくる。ひょっとしたら、労働者の中には採掘作業中、事故で亡くなったケースもあったのではないか。いずれにしても、地下を掘る労働者には聖バルバラの存在は心強いはずだ。

列聖されるカトリック系ジャーナリスト、福者ティトゥス・ブランズマ(バチカンニュース2022年5月10日から)

ジャーナリストの「守護聖人」

「守護聖人」と言ってもピンとこない人がいるかもしれない。守護が天使や聖人であったり、先祖の人だったりするが、やはり存在するのだ。生きている人が気がつかなくて、その人の背後にその人の安全を守っている守護聖人、天使、先祖の人がいるものだ。その意味でも私たちは一人ではない。

ところで、ジャーナリストたちの安全と保護のためにティトゥス・ブランズマ(Titus Brandsma)を守護聖人としてほしいという声が出てきた。オランダとベルギー出身の4人のカトリック系ジャーナリストがこのほどローマ教皇フランシスコにブランズマをジャーナリストのパトロンにしてほしいと要請したことが明らかになった。

ジャーナリストの嘆願書は10日、オンラインで公表された。ローマで開催された「ブランズマに関連するシンポジウム」の場で明らかにされた。歎願書の内容はオランダ日刊紙「Nederlands Dagblad」のウェブサイトに3言語で掲載されている。

「私たちはカトリックのジャーナリストとして、ジャーナリズムを推進する深い使命を共有したプロの同僚であり信仰の兄弟ティトゥス・ブランズマを称えます。彼は真実を探求し、人々の間の平和と対話を促進するために生きた。従って私たちは彼を、ジャーナリズムの守護聖人として、私たちの職業全体の友人であり擁護者であると見なす」というのだ。

ブランズマは1881年2月、オランダのフリースラントで生まれた。カルメル会の神父、ナイメーヘンのカトリック大学の創設学長、ジャーナリストとして活躍。ナチス政権に抵抗したために反逆罪で逮捕され、1942年ダッハウ強制収容所で殺害された。

1985年11月3日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福された。フランシスコ教皇は15日、福者ブランズマを列聖することになっている。それに先立ち、4人のジャーナリストが教皇に福者ブランズマを「われわれの守護聖人にしてほしい」と要請したわけだ。

命の危険にさらされるジャーナリスト

ジャーナリストの仕事は時には命の危険が伴う。2018年2月25日、スロバキアで著名なジャーナリストが婚約者の女性と共に自宅で銃殺された。同殺人事件はブラチスラバの中央政界を直撃し、ロベルト・フィツォ首相(当時)は引責の形で辞任に追い込まれた。

マルタでは2017年10月16日、調査報道にかかわる女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチアさんが車に仕掛けられた爆弾で爆死した。タックスヘイブン(租税回避地)利用の実態を記載した「パナマ文書」の報道に関わった著名なジャーナリストだっただけに、大きな衝撃を与えた。

最近ではブルガリア北部ルセのテレビ局TVNのジャーナリスト、ビクトリア・マリノバさん(Viktoria Marinowa 30)の殺人事件だ。マリノバさんは2018年9月30日、欧州連合(EU)の補助金を巡る汚職疑惑関連の番組「Detektor」の司会を担当していた。

「ブランズマに関するシンポジウム」はバチカン・ジャーナリスト国際協会(AIGAV)と在バチカンのオランダ大使館が共催した。オランダのバイア・タージブ・リー人権大使(Bahia Tahzib-Lie)は、「仕事のために迫害と死の脅威に直面している世界中の多数のメディア関係者に注目し、ジャーナリストに勇気を持って人権を擁護し続けてほしい」と呼びかけた。

なお、バチカンニュースは10日、「ティトゥス・ブランズマ:フェイクニュースに対抗する聖人」という見出しを付けて大きく報道している。

ちなみに、ロシア軍がウクライナに侵攻して以来、多くの民間人が殺害されているが、その中には戦争を取材中に犠牲となったジャーナリストも含まれている。優れた報道をたたえるピュリツァー賞の選考委員会は9日、厳しい環境下で活躍する「ウクライナのジャーナリスト」を特別賞に選出したと発表している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年5月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。