新たな日米摩擦か、リッジ・アルコニス問題って何?

鎌田 慈央

リッジ・アルコニスという名前を聞いてピンとくる日本人は少ないだろう。

リッジ・アルコニス受刑者は米国海軍人で、現在日本で収監されている。彼は日本人3人を死傷させる運転事故を起こしたことにより、2021年10月に過失致死罪で禁固3年の実刑判決を言い渡された。

アルコニス氏が富士山から下山の際に高山病を発症したがゆえに事故を引き起こしたとしており、和解金も支払ったことから情状酌量の余地を求めていた。だが、検察は同氏の主張を退け、居眠り運転が事故の原因だと結論付けた。

しかし、アルコニス氏の家族らは日本の司法の判決が不当だとして、これまで活発にアルコニス氏の引き渡しを求める活動を続けてきた。それが今では米国の大物政治家や大手メディアを巻き込む一大キャンペーンに発展している。

「日本で刑に服す米国大尉」

筆者が不覚にもこの問題について知るきっかけになったのが、米国経済紙ウォ―ルストリートジャーナル紙(WSJ)の社説だ。WSJは「日本で刑に服す米国大尉」という題で、日本の司法の在り方を批判し、対中抑止の観点から日米の摩擦の要因を取り除くためにもアルコニス氏の米国への返還が必要だと強調している。

同紙は今年度に入ってから、社説や意見記事などを用いて積極的にアルコニス氏についての発信を行っている。米国がアルコニスの解放を求めないのは日本が米国に守られていることによって感じている劣等感を解消するためだと主張する記事も散見された。

保守系のシンクタンク、ヘリテージ財団もWSJと近い内容でアルコニス氏の引き渡しを要求するコメンタリーを掲載している。事故が発生した直後に日本の警察が早急に検査をしなかったことが裁判でアルコニス氏に不利に働いたと主張している。

日米同盟の危機?

アルコニス氏の帰還を求める動きに最も協力的な政治家の一人が、ユタ州選出の上院議員マイク・リー氏だ。ユタ州にはモルモン教徒が多く住んでおり、米国内において軍人の政治的影響力は強い。アルコニス氏はモルモン教徒であり、軍人でもあることがリー氏などの政治家が返還を声高に求める一因だと推察される。

これまで、リー氏は上院で満場一致の合意を得る予算案の修正条項を可決することで、アルコニス氏が服役中でありながらも軍人としての恩給を継続して受給することを可能にした。また、岸田氏が米国に訪れた際にアルコニス氏の問題について釘を刺していた。

岸田文雄首相が今週末にワシントンに到着するとき、リッジ・アルコニス米海軍中尉を同行させる必要がある。

つい先日に至っては、日本が2月中にアルコニス氏を引き渡さなければ日米同盟が見直しの対象となるとツイートした。事実上の恫喝である。

率直に言おう。岸田首相、米国との安全保障上の取り決めは非常に良好で、その取り決めについて議会で議論されたり、真剣に質問されたりすることは長い間ない、という贅沢な状況だったのです。それが変わろうとしている。

コミュニケーション・ギャップを改善せよ

米国は自国民が外国の司法制度の対象となることに極めてセンシティブだ。そのため、日本政府も米国政府、議会と円滑なコミュニケーションを取りながら司法的な手続きを取り、日本の正当性を伝えていく必要があった。それが不十分であったことが今回の日米摩擦の要因だと考える。

今はまだ摩擦は小さいように見られるが、日本政府がアルコニス氏をめぐる問題を放置し続ければ同盟間の溝は大きくなっていく一方だ。そして、そのような事態は米国の抑止に依存をする日本にとっては許容できない。岸田政権には日本の司法手続きの妥当性を米国にしっかりと証明をし、水面下で日本を非難するリー氏などに働きかけていく必要がある。

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