パナソニックが日本を見捨てる日

山口 巌

毎日新聞の二件の記事が興味深い。先ずは、昨日の<パナソニック>貝塚工場閉鎖し中国移管へ PC用電池生産である。

パナソニックがパソコンなど電子機器向けのリチウムイオン電池を生産する貝塚工場(大阪府貝塚市)を今年度内にも閉鎖し、生産設備を中国・蘇州に全面移管することを検討していることが2日、明らかになった。円高の影響を回避するとともに生産コストを抑え、価格競争で先行する韓国・サムスングループなど海外勢に対抗する。貝塚工場は、買収した三洋電機系の主力拠点の一つで、主にノートパソコン向けの電池を生産。社員約350人の雇用は、国内での配置転換などで維持する方針で、既に組合側にも伝えた。パナソニックは、三洋買収で増えた国内のリチウムイオン電池の生産拠点を整理し、15年度をめどに中国での生産比率を約5割に高める構造改革を進めている。パナソニックの守口工場(大阪府守口市)や三洋系の洲本工場(兵庫県洲本市)でも生産を中止した。蘇州では今月中に新工場が稼働する見通し

正直に言って、この記事を読んだ時には、「原発再稼働」に激しく反対する橋下大阪市長の顔が浮かんだのは事実である。海外移転の理由は、記事にも記載ある通り、「円高」、「高過ぎる人件費」と言った所であろうが、橋下氏が背中を押した可能性も無論否定は出来ない。

社員の雇用は守るとの会社側発表であるが、これは額面通り受け取る訳には行かない。何故なら、今後、今回の貝塚工場に雁行する形で、他の工場も海外移転を加速する筈であるからである。

海外移転で余剰となった労働者を受け入れる余地が、他の工場にあるとはとても思えない。

下請け企業は廃業を余儀なくなれるのであろうか?失業問題が重篤化すると思われるが、橋下市長はどう考えているのであろう?

リチウムイオン電池は、言うまでもなく高度技術多用の上に成立するハイテク商品である。従来は陳腐化した商品の製造を担当する工場の移転が主であった訳で、製造業に於ける海外移転の「パラダイムシフト」を実感する。

今一つは、一昨日の記事、パナソニック:携帯生産、海外に移管へ…円高リスクを回避である。

パナソニックは1日、スマートフォン(多機能携帯電話)を含めた携帯電話の生産を今夏にも海外に全面移管する方針を明らかにした。全体の約5割を占める国内生産分を海外工場などに移す。今年度から開始する海外市場再参入に対応し、円高リスクを回避するために生産体制を見直すことにした。同社によると、携帯電話をすべて海外生産するのは国内メーカーでは初めてという。パナソニックの携帯電話の販売台数は、11年度は約500万台の見込みで、このうち半分を静岡工場(静岡県掛川市)で、残りを中国とマレーシアの海外工場で生産している。今回、これらの海外工場に静岡工場の生産分を移管するほか、一部を海外企業に生産委託する方針。移管後の静岡工場は主にアフターサービスや研究開発拠点として活用する。従業員は他の工場に配置転換するなどで、雇用は維持する。パナソニックは05年に携帯電話の海外販売から撤退したが、今月から欧州市場に再参入する。また中国や中南米での販売も検討しており、15年度の販売台数を1500万台に引き上げ、このうち900万台を海外で販売する計画だ。

注目すべきは、携帯電話生産の海外への「全面移管」と、これを機会に、年間500万台の生産規模を3倍の1,500万台に、一気に引き上げると言う「攻めの経営」である点である。

パナソニックのプレスリリースにも括目すべきものが多い。

スマートフォンなど高機能携帯端末向け、ベトナムに樹脂多層基板「ALIVH」生産工場を建設はその一つである。

パナソニック エレクトロニックデバイス株式会社(社長:小林 俊明)は、パナソニック ベトナム有限会社(社長:脇田 慎一)と共同し、パナソニック エレクトロニックデバイス ベトナム有限会社(社長:貞野 昌則)内に新工場棟を建設し、スマートフォンなど高機能携帯端末向け樹脂多層基板「ALIVH(アリブ)」の生産を開始します。現在世界の携帯電話市場では、一般携帯電話からスマートフォン(高機能携帯電話)へのシフトが急速に進んでおり後も大きな成長が見込まれています。スマートフォンにおいては、高機能を実現させるために実装される部品点飛躍的に増大しており、回路基板にはより薄く、より高密度を可能にすることが求められています。当社独自の多層基板「ALIVH」は、これらの市場ニーズに対応する回路基板として市場から高いご評価をいただいております。

脂多層基板は、スマートフォンなど高機能携帯端末が必要とするバイタルパーツであるが、ベトナムに工場を新設するという点に注目する。

4月のアゴラ記事、メコン流域5カ国に6千億円のODA供与と、ミャンマー円借款、25年ぶり再開 で説明した通り、ベトナムに生産拠点を設立し、「インドシナ東西回廊」を使って、陸路、タイ、ミャンマーに輸送する。

更には、ミャンマーから船で今後の経済発展が期待出来るインドに輸送すると言うのが、今世紀のあるべき「サプライチェーン」の姿の一つであろう。

東hantou

この様な一連の記事を読まれ、唐突に感じられる方も多いかもしれない。

しかしながら、昨年8月の、パナソニックが創業以来初めて取り組む、主要本部機能の海外移転の狙い ~2012年度に調達・物流の本部機能をシンガポールに移転 を読めば、パナソニックが周到に準備を進めて来た事が理解出来る。

詳細は、参照記事を読んで戴くとして、要約すれば、「生産」に必要な資材と部品をアジアで調達し、アジアの最も安く作れる所で「生産」し、「需要」の拡大が期待出来るアジアで販売すると言うものである。

そして、その「コントロールセンター」を今年中にシンガポールに移転する。

日本政府や大阪府、大阪市が調達・物流の本部機能のみの移転で終了と考えていたら、余りに楽観的である。これは、本社移転に向けてのの第一歩に過ぎない可能性が高い。

そもそも、パナソニックが本社を海外と比較して格段に法人税の高い日本に置く必要性が見当たらない。

ちなみにシンガポールの法人税の最高税率は日本の実効税率、39.54%の半分以下18%で、しかも、多くの優遇制度があると聞いている。

或いは、パナソニックを特異な製造業と誤解していたら、勘違いも甚だしい。

今後、殆どの製造業はパナソニックに雁行して海外移転を加速するのは間違いないであろう。

元気の良い「企業」と、その「従業員」が日本から消失するのである。

私は過去何度もアゴラに書かして戴いたが、今後、日本には、「政治家」、「公務員」、「高齢者」、「生活保護受給者」といった、謂わば「税」に寄生する人種しか残らない。

納税者の不在こそが、債務問題と併せ今後日本の喫緊課題になると予測するのである。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役