誰にも間違うことがあるし、様々な間違いがあるものだ。その一つに生年月日の間違いだ。親が子供の出生を遅く役所に届けたために、間違った生年月日となったという話はよく聞くし、英国のシンガーソングライター、ジェイク・バグのように2月28日に生まれた場合、親の多くはうるう年の29日でなくてよかったとホットする。4年に一度しか誕生日が来なければ、子供も寂しいだろう。
ところで、ここで紹介する話はローマ・カトリック教会のケニア教会のジョン・ニュエ枢機卿の生年月日が間違っていたために、同枢機卿は1年若かったことが分かったという話だ。その結果、80歳未満の枢機卿に与えられているローマ教皇の選出会(コンクラーベ)に2026年初めまで選挙権があることになったのだ。
教皇の選出会に参加できる枢機卿は80歳未満となっている。80歳を超えると投票権を失う。修正前のバチカン人事録によると、ニュエ枢機卿は1944年12月31日となっていたが、ナイロビの元大司教のニュエ枢機卿は実際は、1946年1月1日生まれであることが判明。その結果、同枢機卿は現在79歳ではなく、78歳となる。したがって、同枢機卿は2026年初めまでコンクラーベに参加できる資格があるという話だ。ニュエ枢機卿は2007年から21年までナイロビの大司教であり、2007年以来、枢機卿団の一員だ。
バチカン関連問題に関心がない読者は、「それでどうしたのか」ということになるかもしれないが、フランシスコ教皇が亡くなった場合、コンクラーベが開催され、新しい教皇が選出されるが、その選出会に参加できるのは枢機卿だけだ。それも80歳未満という年齢制限がある。フランシスコ教皇が今年か来年に亡くなった場合、まだ80歳未満のニュエ枢機卿はシスティーナ礼拝堂で行われる新しい教皇の選出に出席できるわけだ。
参考までに、過去にはニュエ枢機卿とは逆のケースもあった。ポーランド教会のヘンリク・グルビノヴィッチ枢機卿のケースだ。枢機卿の両親が息子の兵役を逃れるために年齢を若くして登録していたことが発覚したのだ。その結果、同枢機卿の誕生日は1928年から1923年に修正された。
世界に約14億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会には現在、237人の枢機卿がいる。前教皇庁教理省長官のルイス・フランシスコ・ラダリア・フェレール枢機卿が今年4月19日に80歳になった後、教皇選挙に参加できる権利を持つ枢機卿の数は127人に減少した。そのうち、現教皇フランシスコによって枢機卿となった数は92人、ベネディクト16世時代に任命された枢機卿は27人、そしてヨハネ・パウロ2世時代に選ばれた枢機卿は8人だ。
枢機卿の国別を見ると、イタリア人枢機卿が昔はコンクラーベを独占してきたが、現在は14人で全体の約10%だ。それに次いで米国が11人、スペイン7人、ブラジルとフランスが各6人、インド5人、ポーランドとポルトガルが各4人、ドイツとアルゼンチンが各3人、イギリス、スイス、メキシコ、タンザニア、フィリピンが各2人となっている。ちなみに、大陸別にみると、ヨーロッパ人が51人、南米20人、北米15人、アジア21人、アフリカ17人、オセアニア3人だ。聖職者の未成年者への性的虐待の多発で信者離れが進む欧州教会が依然、枢機卿の最大グループを形成している。
ちなみに、フランシスコ教皇は現在87歳だ。変形性膝関節症に悩まされている。膝の関節の軟骨の質が低下し、少しずつ擦り減り、歩行時に膝の痛みがある。最近は一般謁見でも車いすで対応してきた。教皇は2021年7月4日、結腸の憩室狭窄の手術を受けた。故ヨハネ・パウロ2世ほどではないが、南米出身のフランシスコ教皇も体力的には満身創痍といった状況だ。いつ次期教皇の選出会が開催されたとしても不思議ではない。
以上、オーストリア国営放送(ORF)の25日付宗教欄で掲載された記事を参考にまとめた。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年5月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。