今回紹介する一冊は、かなり本格的なマーケティング書である。いざ自社でマーケティングを導入するにあたって、現場と乖離して役立たなかったという人に役立つ本である。
『実施する順に解説!「マーケティング」実践講座』(弓削徹著)日本実業出版社
ガムは売れなくなったのか
国内のガム売上高は、2005年からの10年ほどで、半分以下に落ち込んだ。ガムのライバル商品のグミは微増しているが、その影響は希少である。弓削さんは、次のように答える。
「正解は『スマホの普及でヒマつぶしの必要がなくなり、ガムが買われなくなった』ことが主原因と言われています。ほかにも包み紙のゴミが出ること、ニオイケアをする喫煙者が減ったことなどの要因もあります。しかしライバルが食品ではないことは意外ではないでしょうか」(弓削さん)
「マーケティングは知識の積み上げでは解答が見つからなかったり、思いもよらない競合が現れる分野です。経験や幸運が必要だともいわれます。しかし、体系的な理論という土台も大切です。継続的な戦略なくしては実効性も生まれませんし周囲の説得もできません」(同)
先人の知恵である学術的な礎石のゲタを履かせてもらい、そのうえに経験や事例、データを乗せることで実践的なノウハウといえるのだろう。
筆者がシンクタンクに所属しているとき、米国系食品会社から国内のガム市場について調査依頼を請け負ったことがある。ロッテが国内ガム市場の約40%を占有しており、さらに、グリーンガム、クールミントガムが主力で、他のフレーバーとはかなりの乖離があったことを突き止めた。
次に、工場財団の登記目録を調査した。ガムを製造している工場の目録を調べたのである。機械の増強や改修が想定されたが、構成は大きくは変わらないというのが当初の予想だった。目録はコピーできないため、おおよそその配置と機種名をトレースしていった。
米国系食品会社の最終報告会で、私が提案したのは次の2点だった。
- グリーンガムとクールミントガムに近いフレーバーなら受け入れられる。
- 板ガム以外を生産する能力はなくラインの入れ替えも困難である。つまり、板ガム以外の形状が望ましい。
じつは、ガム市場にはこれまで多くの企業が参入していた。四角い立方体のチューイングガム(風船ガム)がそれなりヒットしていたが、ロッテを驚かすまでには至らなかった。では、米国系食品会社はどうしたのか?
市場調査の極意とは
彼らは、ガムの形状にこだわった。そして完成したのが「クロレッツ」だった。ロッテの板ガムは7枚入りだったが、クロレッツは粒状で14粒はいっていた。さらに、ボトル状100粒入りのものがドライバーを中心に売れた。まさにマーケティングの勝利だった。
筆者はマーケティングのなかでもフィールドサーベイを得意としていた。たとえば、ガム市場を調べる場合、ロッテに取材をかけても得策ではないし情報精度も期待できない。そのような場合は、ロッテに商品を納入している菓子問屋に取材をかけるのである。
「こちらも情報を提供します」という主旨のアポであれば嫌がられはしない。しかし、情報を加工して伝えられるリスクもある。そのようなリスクを想定して、最低3社くらいにアプローチをするのである。
それでもしっくりこなければ、商社にアプローチをする。詳細な数字は教えてはくれないが、
「先月は10コンテナはいってきたね、その前は8コンテナ、最近増えているよ」
「タイからの輸入品が増えているね。現地生産しているのかなー」
みたいな話が聴ければ予想を立てられる。
「輸送コストを考えれば国内生産のほうが効率的だ。なぜやらないのか?」
「国内で製造しないということは、きっとラインがあわないんだな」
とイメージを膨らませることができる。
30代の頃、このような情報をレポートにして売っていたことがある。1社30万円としても10社に売れれば300万円だ。レポートは、食品会社ではなく、商社、ドラッグストア、百貨店、車部品メーカーなど異業種に人気があった。
おそらく、担当者はつねに新規事業に追われてたのだろう。いまでも、本気を出せば市場調査は誰にも負けない自信はある(絶対にやらないがww苦笑)。
さて、本書は実践的なヒントを導き出したい人にとって役立つことだろう。情報を活かすも殺すもあなた次第ではあるが。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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