元バチカン外交官、「破門宣告」受ける

バチカンから時たま驚くようなニュースが飛んでくる。今回は米教会のスキャンダルを暴露した元バチカン駐米大使カルロ・マリア・ビガーノ大司教がカトリック教会の教理の番人、教理省から破門宣言を受けたというのだ。

枢機卿の引責辞任や司教絡みの未成年者への性的虐待事件が絶えないローマ・カトリック教会だが、「ビガーノ書簡」で有名なビガーノ大司教(83)が聖職者に対する最大の制裁、「破門宣告」を言い渡されたのだ。

破門宣告を受けた元駐米教皇大使、ビガーノ大司教 Wikipediaより

ビガーノ大司教への破門宣告を理解するために、先ず、「ビガーノ書簡」について説明する。

米教会のマキャリック枢機卿は2001年から06年までワシントン大司教時代、2人の未成年者へ性的虐待を行ってきたことが明らかになり、フランシスコ教皇は2018年7月になって同枢機卿の全聖職をはく奪する処置を取ったが、それまでマキャリック枢機卿の性犯罪を隠蔽してきたという疑いがかけられた。

マキャリック枢機卿の性犯罪を暴露したのは当時バチカン駐米大使だったカルロ・マリア・ビガーノ大司教だった。同大司教は教皇宛ての書簡の中でフランシスコ教皇の辞任を要求したのだ。通称「ビガーノ書簡」(11頁)はバチカンばかりか世界のカトリック教会を震撼させる大事件となった。

ペテロの後継者のローマ教皇が身内から辞任を要求されたのは長い教会史の中でも稀な出来事と言わざるを得ない。ビガーノ大司教は、書簡の中でフランシスコ教皇が友人の一人でもあったマキャリック枢機卿のスキャンダルを知りながら隠蔽し、5年間も枢機卿を庇っていたと批判したのだ。

バチカン教皇庁は2020年11月に詳細な報告書を発表し、元教皇大使の主張を否定した。バチカンニュースは当時、「マキャリック枢機卿の不祥事が判明した直後、フランシスコ教皇は声明文の中で事件の全容解明を指示していた」という趣旨の声明文を公表した。

バチカンニュースによると、ワシントン大司教区は2017年9月、1970年代にマキャリック枢機卿に性的虐待を受けたという男性の非難をバチカンに報告。それを受けたフランシスコ教皇は即、事件の解明を指示。そして調査が終了する前に、枢機卿の不祥事情報が信頼できるとしてマキャリック枢機卿の辞任を受け入れ、枢機卿に聖職停止と悔い改めを指示した、というのだ。

ちなみに、ゲルハルト・ミュラー枢機卿(2012年から17年の間バチカン教理省長官)は、「マキャリック枢機卿への制裁は全く実施されなかった」と答え、バチカン側の説明を否定した。

次は、ビガーノ大司教への破門宣告だ。教理省は5日、「ビガーノ大司教は「ラテ・センテンティエ(即時効力の破門)を受けた」と説明する声明を公表した。その理由として、①ローマ教皇の権威を認めず、②教会の近代化路線を開いた第2バチカン公会議の正当性を認知しなかった、からだという。破門理由にはフランシスコ教皇の辞任を要求した「ビガーノ書簡」については全く言及していない。

教理省は「ビガーノ大司教はローマ教皇およびカトリック教会との共同体から離れた。2024年7月4日に教義省の会議が開かれ、同大司教に対するカノン法1720条に基づく非司法的刑事手続きが終わった。この手続きは、分裂罪(カノン法751条および1364条、SST第2条)のために行われた」と説明した。

「破門宣告」を巡る声明文によると、「ビガーノ大司教の公の発言はよく知られている。同大司教が教皇を認めず従わないこと、教会の成員との共同体を維持しないこと、第二バチカン公会議の正当性および教導権を認めないことが明らかになった。刑事手続き終了後、同大司教は分裂罪で有罪と認定された。そこで教理省は『ラテ・センテンティエ破門』をカノン法1364条第1項に基づき宣言した。この決定の撤回は教皇庁にのみ留保される」という。この内容は5日に同大司教に通知された。

参考までに、「ラテ・センテンティエ破門」とは、重罪のために課される「事実上の刑罰」だ。破門された者は、ミサや他の秘蹟を祝うこと、秘蹟を受けること、教会の職務、役割、または機能を行うこと、および職務を行うことが禁止される。破門は宣告によって課される場合もあるが、重大な場合には自動的に施行される。これには、教皇の命令なしに司教を叙階すること、教皇選挙における賄賂、告解の秘密の侵害、教皇への服従拒否(分裂)などが含まれる。

ビガーノ大司教はバチカン内では保守派聖職者で知られてきた。トランプ氏(前米大統領)を公の場で支持し、バチカン内の改革派を厳しく批判してきた。大司教の書簡はバチカン内のフランシスコ教皇支持派にとって容認されないものだった。

ただ、破門理由にはビガーノ書簡の内容はまったく言及されず、教皇職への認知拒否、第2バチカン公会議への不承認といった理由を挙げている。バチカンはマキャリック枢機卿の性犯罪を隠蔽したように、ビガーノ大司教への破門理由を隠蔽したのだ。バチカンの「隠蔽体質」だ。5日の教理省の「破門宣告」は、ビガーノ書簡の内容が不都合な事実であったことを自ら認めたことにもなる。

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編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年7月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。