私たちは日常で人間関係を形成するなか、「ウマが合う」「ウマが合わない」という表現をよくつかいます。でも、この場合の「ウマ」とは、いったいどういう意味なのでしょうか。
■「ウマ」ってなに
接する回数が増えるほど、好意度や印象が高まる効果のことを「ザイアンスの法則」といいます。アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが1968年に論文として発表して以降、広く知られるようになりました。
他にも、出身地、星座、血液型など、相手との共通項によって好意をいだく自己開示などがあります。相手の内面を知れば知るほど好感度が上がることを、「熟知性の原則」とも称します。
小学校~中学校のころ、クラスの席替えや学年のクラス替えで、好意を持つ人と同じにならないかなと思ったことはありませんか?
社会人であれば、転職や新たなプロジェクトがスタートしたとき、最初はぎこちなくてもお互いを理解するうちに親しくなるものです。
よって、ウマとは相手との「相性」と考えることができます。「ウマの合う人とは一緒にいて楽しいが、ウマの合わない人との時間は不快です」と誰もが思いますが、人間は社会のなかで生活をしているので、ウマが合わないからといって、排除したり、つき合わないわけにはいきません。
ウマが合わないという感情の大半は、自分がつくりあげているものです。初対面で会った瞬間から「ウマが合わない」とは思わないものだからです。
最初からお互いの印象が悪くて「なんとなくウマが合わなそうだな」と思っていても、そこに至る要因がなければ「ウマが合わない」ことにはなりません。結局、相手の印象の大半は自分が形成していることになります。また嫌いという感情からはなにも生まれません。まさに破滅の感情です。
■だから「ウマ」ってなに?
「彼とは、なんかウマが合うんだよね」、「彼とはウマが合うから仕事がしやすいんだよね」という話を耳にしたら、こちらとしても相手に好意を持つと思います。
一方で、「なんか、あいつとはウマが合わないんだ」、「ウマが合わないから仕事がやり難いんだよね」と聞いたら、相手に対する気持ちは冷えて嫌悪感さえ感じるようになるでしょう。
「ウマ」が合う合わないの語源は「馬が合う」からきています。馬が合うとは、性格が合う。気がよく合うことのたとえ、意気投合することのたとえです。
馬に乗る際(たとえば、競馬や乗馬)には、馬と騎手との呼吸がぴったりが合わなければいけません。日本中央競馬会 (JRA) の武豊騎手は「馬」について次のように答えています(武豊名言集引用)。
(1)問題はジョッキーが出すゴーサインを馬が理解してくれるかどうかでしょう。理解している馬なら叩こうが叩くまいが、しっかりともうひと伸びするものです。
(2)ムチを見せるだけで(叩かなくても)気を抜かずに走ってくれる賢い馬も多い。
(3)ほかの出走馬たちとは違う方向に返し馬(レース直前のウォーミングアップ)を行なう理由は?」馬が歓声の正体を確認してみたそうだったから。
まさに人馬一体の雰囲気が伝わってきますよね。
「馬が合う」は、もともとは乗馬で使われた言葉です。騎手と馬の相性が悪いと、馬の能力を引き出すことができません。しかし、馬との相性が良いと実力以上の能力を発揮することから「馬が合う」と表現するようになったのです。
あとあとになって、この表現は人間関係にも使われるようになりました。人間以外には、楽器などにも使用することがあります。「このギターは細かいタッチに絶妙に反応してくれるよ。実にウマが合うねえ」などと使用します。
■「馬」以外ではなにかあるの?
「反りが合わない」という言葉があります。これもほぼ同じ意味として使用します。ただし「馬が合う」「馬が合わない」が、さまざまなシチュエーションで使用できるのに対して、「反りが合わない」は人間関係だけについて使用します。
同じ職場の同僚や部下に対して「あいつとは、反りが合わないんだよね。仕事がやり難い」とか、「彼には仕事を任せられない。反りが悪い」などと使用します。「反りが合う」は相性がよいことを表しますが、あまり使用しません。
「反りが合わない」は、刀を納める鞘(さや)と、刀との反り具合が合わないときちんと納まらないということから生まれた言葉です。反りとは刀身の湾曲部分のことを指します。
刀工(とうこう)は、日本刀をつくるときに反りをいれます。日本刀は手づくりであることから、反りは一本一本が異なっています。それぞれの反りに合わせて鞘をつくりますが、鞘が合わないとうまく収められないため、人間関係で上手くいかないことを「反りが合わない」と称するのです。
江戸時代中期の戯言養気集(1615年頃、作者不明)には、江戸初期民間に流行した滑稽話が収められていますが、その上巻の一節に「反りが合わぬ所あるを見るにつけても」と書かれた箇所があります。このことから「反りが合わない」という表現はかなり以前から使用されていたことが分かります。
さて、みなさんもこの機会に、周囲の「ウマ」と「反り」について確認してみませんか。
尾藤克之
コラムニスト
PS
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