手元の余裕資金を厚く保有することは無駄なのか危機対応なのか

企業経営において、手元の余裕資金を最小化することは、資金の運用効率を高め、経営効率を高めることにつながる。しかし、手元資金が少なければ、入金予定の僅かな遅延によっても、必要な出金が不能になり得る。また、負債があれば、負債には必ず期日があって、期日には現金による弁済がなされるので、弁済を確実にするためには、むしろ、余裕資金を滞留させる必要があるのだ。

そして、その余裕資金は、多くの場合、真の余裕資金ではなくて、期日を迎える融資の弁済に先行して、借り換えのために、別途、融資を受けたものである。こうして、現金で弁済するために、融資を受けることは無駄であるから、その無駄を省くためにタンコロがあるわけだ。

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手形貸付においては、債務者を振出人、債権者を受取人とする約束手形が担保にされるが、この手形は、債務者が一名の単名手形なので、略して単名と呼ばれる。手形貸付が便利なのは、現金による弁済が省略されて、手形の期日、即ち、融資の弁済期日が到来するごとに、期日を書替えて、弁済が常に先に繰り延べられることである。この書替は、俗に、ころがしと呼ばれていて、タンコロとは、単名のころがしの略なのである。

タンコロは、過小資本の事業者に適用されることが多いために、問題性を指摘されるが、適正な自己資本が維持されている事業者については、むしろ、タンコロのように現金による弁済を省略できる仕組みが工夫されるべきである。また、現金による弁済には金融規律の維持という側面があるので、タンコロは不健全だという見解もあって、実際に、与信判断の更新も省略されて、漫然と書替がなされる可能性もあるが、それは運用の問題にすぎないことである。

資金調達が困難になる事態は、事業者に特段の問題がなくとも、金融資本市場の状況によって、逆に、金融資本市場に特段の問題がなくとも、事業者の経営状況によって、容易に生じ得るから、事業者においては、過剰に手元資金や資本を保有しているのが通例で、その理由を危機対応のためと説明するのも通例となっている。

そこで、金融行政の課題として、金融資本市場の強靭化があり、金融政策の課題として、危機時の即時で巨額な資金供給があるのだが、事業者としても、経営効率の改善を実現するためには、単に余裕を厚くするだけではなく、必要なときに必要な額を確実に調達できるように、経営能力を高める必要があるわけである。おそらくは、危機における資金調達の能力こそ、最大の競争力なのである。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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