官民癒着のガラパゴス体質が招いたデジタル敗戦

前回投稿「2年弱で2億人が利用、大企業の92%に普及するチャットGPT」でチャットGPTの驚異的な普及状況を見て、拙著「国破れて著作権法あり~誰がWinnyと日本の未来を葬ったのか」で紹介した米ベンチャーキャピタリスト、マーク・アンドリーセン氏のウォールストリートジャーナル紙への寄稿文「なぜソフトウェアが世界を飲み込むのか」を思い出し、簡単に紹介した後、以下のように結んだ。

アンドリーセン氏はアマゾン、ネットフリックス、アップルがソフトウェアの力で躍進した事例を紹介した後、「この先10年、既存企業とソフトウェアの力を得た反乱者との間の戦いは熾烈なものとなるだろう」と指摘したが、最近の反乱者がチャットGPTでソフトウェアの力で今まさに世界を飲み込みつつある。

対照的に反乱者を官民一体となってつぶしにかかり、ソフトウェアは海外からの借り物のまま状態を放置した結果、デジタル敗戦を招いたのが日本。

以下、少し長くなるが、若江雅子「膨張GAFAとの戦い デジタル敗戦 霞ヶ関は何をしたのか」(中公新書クラレ)の「おわりに」から抜粋する。

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新興企業に厳しい日本社会

「日本でGAFAが生まれないんじゃない。日本はGAFAになろうとする企業をポンポン潰してきただけですよ」

いつもの柔和な口調でこう話してくれたのは、 データセンターやクラウドサービスなどを展開する東証1部上場企業「さくらインターネット」の社長、田中邦裕(43歳)だ。

「違法行為が罰せられるべきは当然のこと」と断りつつも、田中はため息をつく。伝統的な企業と新興企業では日本社会は後者により厳しい。「米国では大きくなってから叩かれるが、日本では大きくなる前に叩かれて潰されてしまう」。
(中略)
例としてあげるのが、堀江らが有価証券取引法違反容疑で逮捕され、その後実刑が確定したライブドア事件である。06年1月16日、ライブドア本社などが東京地検特捜部の捜索を受けると、株式市場は大きく下落した。いわゆるライブドアショックである。
(中略)
最高裁まで争った堀江の有罪は11年に懲役2年6ヶ月で確定した。主な罪状は53億円の粉飾決算だった。同時期に約180億円の水増し が発覚した旧日興コーディアルグループが上場 廃止を免れ、 5億円の課徴金納付命令と、グループの社長と会長の引責辞任で終わっているのと比べ、バランスを欠くとの指摘も聞かれる。

官民癒着のガラパゴス体質

若江は続ける。

日本の産業政策も改めて検証されるべきだろう。経済の新陳代謝を後押しし イノベーションの芽を育てるための政索的な対応はなされてきたのか。むしろ、既存産業の保護に傾注するあまり、新産業の創出を怠ってきたのではないかー
(中略)
製造業での成功体験が鮮明すぎて、「日本はものづくりの国」という意識を変えられなかったとはよく指摘されるところだ。田中も「いつまでもソフトウェアはモノを動かすためのオマケという意識が抜けなかった」と分析する。

ソフトウェアなしにはコンピューターは動かない。しかも、ソフトウェアはオンラインで簡単に配布でき、一度開発すれば無限にコピーでき、著作権法で守られている。「限界費用が限りなくゼロに近くて、ものすごく効率がいい。だから ソフトウェアを自社で持っている会社はうまくいきましたよね」。例えば 独立系システムインテグレーター のオービックは自社開発の会計ソフトなどパッケージソフトが好調で、時価総額は1兆 8000億円。これはNECより高い。

田中はさらに厳しく指摘する。「日立、NEC、富士通は、ソフトウェア会社に転換すべきでした。転換できないなら潰れて潰れるべきだったんじゃないでしょうか」。
(中略)
「ソフトウェアは コピーすれば簡単に大量生産できます。にもかかわらず、わざわざ一件一件カスタマイズした割高なシステムを作り上げて売って回って、利益を上げようとする。要はソフトを売っているのではなく、ヒトとモノを売っている。ソフトウェア産業のような顔をしたモノづくり産業のままなんです」

政府にも、産業界に構造変革を迫らないまま、むしろ永らえさせるべく手助けしてきた罪があるだろう。年間2兆円に近い国や地方自治体の IT調達の多くは、IT ゼネコンと化した大手ベンダー、NTT、日立、NEC、富士通などの各グループが受注しているのである。これがベンダーロックインを招き、割高な発注となっていることは 度々問題とされてきた。21年9月にはデジタル庁が発足するが、田中のこの苦言をどう聞くか。

「ソフトウェア産業と、ソフトウェア製造業は全く違う商売。だが、日本ではソフトウェア製造業ばかりに金が集まるので、そこに安住し、本当のソフトウェア産業に生まれ変わろうとしなかった。IT企業を名乗りながら、売っているのはモノと人。ソフトウェアは海外からの借り物のまま。これではいつまでもイノベーションが生まれない」

米テックのデジタル小作人に成り下がる日本のIT企業

IT企業の「ソフトウェアは海外からの借り物のまま」のツケが回ってきたのが、デジタル赤字問題。財務省の「国際収支から見た日本経済の課題と処方箋」会議第1回会合(2024.3.26)資料によるとサービス収支の赤字(図の下のマイナス部分)の大部分を占める「デジタル関連」(紫の棒グラフ)は2014年度の2.1兆円から23年度に5.4兆円と10年間で2.5倍に膨れ上がった。

グラフ上の枠内にデジタル関連サービスの説明があるが、読みにくいので以下に再掲する。

デジタル関連:以下の①~③の合計

① コンピュータサービス・・ クラウドサービスやオンライン 会議システムの利用料。
② 著作権等使用料・・ 動画・音楽配信に伴う各種ライセンス料。
③ 専門・経営コンサルティングサービス・・インターネット広告の売買代金。

いずれも米IT企業に席巻されつつあるサービスで、これを利用する日本企業がデジタル小作人とよばれる由縁だが、地主である「GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)5社の時価総額合計は、日本企業の時価総額合計を超える」。そう指摘する西角直樹 三菱総研主席研究員は以下のように主張する(2024年8月28日付、読売新聞「デジタル赤字 止まらぬ拡大」)。

産業振興の観点から見れば、資源の乏しい日本にとってデジタル産業は基幹産業に育てるべき領域です。 デジタル赤字は日本のデジタル産業の空洞化につながる側面があり大きな問題だと思います。

図のとおり、黒字を続ける旅行収支(黄色の棒グラフ)はコロナでインバウンドが低迷していたが、円安も手伝って2023年度は急回復し、サービス収支全体の赤字額減少に寄与した(折れ線グラフ)。しかし、観光業は経済全体の生産性向上に寄与する産業ではない。GAFAMのように米経済を牽引する力のあるデジタル産業を基幹産業に育てるべきである。西角は続ける。

日本のデジタル赤字は、海外の巨大企業をますます強くすることにつながっていることも事実です。

分かりやすい例が、国や自治体が使う共通の情報システム基盤「政府クラウド」でしょう 政府が運用管理を行う事業者を応募したところ、当初選定条件を満たせるのは海外企業しかなく、条件を見直すまでは日本企業は応募すらできませんでした。

クラウドはITサービスの一番の基本となるインフラ(社会基盤)です。機密性の高いデータを扱う重要インフラが、日本企業ではなく、海外企業に頼らなければいけない状況は、経済の安全保障の観点からも好ましくありません。

デジタル産業の空洞化を防ぎ、経済の安全を保障する観点からもデジタル敗戦を招いた官民癒着のガラパゴス体質から一刻も早く抜け出す必要がある。