政策提言委員・金沢工業大学客員教授 藤谷 昌敏
10月27日の段階で、朝鮮人民軍の精鋭特殊部隊「暴風軍団」約1万人がロシアに渡り、うち数千人がロシア西部クルスク州に到着し、戦線に投入されたという。
韓国の情報機関「国家情報院」によると、「今回、投入された部隊は、ロシア軍の統制下にあり、何の作戦権限も持っていない。10~20代の新米兵が中心で、北朝鮮では派兵の噂が国内で拡散しないよう厳しい情報統制を敷いている。だが、派兵部隊に選抜された兵士の家族が『嗚咽して顔がやつれた』との話が出回り、兵士らの家族を集団移住させ、隔離しようとする動きがある」と説明した。
また、「兵士らは体力があり士気は高いものの、無人機からの攻撃など現代戦への理解が不足しており、戦線に出れば死傷者が多数発生するとロシア側も予想している」などと分析している。
暴風軍団はゲリラ戦やテロ活動、破壊工作を得意とする特殊部隊で、半島有事が起きれば38度線の南進トンネルや上陸用舟艇などで韓国に侵入し、韓国国内でゲリラ作戦やテロ攻撃を実行する。厳しいテコンドーの訓練や重装備をして山中でサバイバル訓練を行うなど、北朝鮮の最精鋭部隊として知られている。
今回、ロシアに派遣されたのは、歩兵と工兵などの混成軍とみられる。当初、西側の一部の観測筋は、2024年6月の演説の直後に行われたプーチン氏の訪朝で、北朝鮮の金正恩総書記が秘密裏に、ロシアへの本格的軍事支援として、戦闘部隊ではなく工兵部隊の派遣を約束したと見ていた。工兵は架橋工事や障害物撤去など戦場での補助的任務を行う部隊だ。純粋な戦闘部隊ではなく、ウクライナではロシア軍のための塹壕やトンネルの掘削を行うのが主な任務と推定されている。
これまで北朝鮮軍が海外に派遣した例を挙げると、1966年に北ベトナムに戦闘機のパイロットを中心に150人ほどを派遣した。ベトナム戦争終結後には、軍事顧問団約200人がラオスに駐留した。1973年10月に勃発した第4次中東戦争に際して、北朝鮮は空軍パイロット30人、航空管制官8人、通訳5人、指揮官3人、医者と料理人各1人を派遣した。2006年には、レバノン南部に巨大な地下トンネルを建設する際、北朝鮮工兵部隊がヒズボラを支援した。
北朝鮮のロシアへの武器支援
今回の戦闘部隊の派遣前から、北朝鮮とロシアは密接な軍事支援を続けており、北朝鮮は多数の兵器、弾薬などを援助していた。
2023年8月9日には、金正恩総書記が朝鮮労働党の中央軍事委員会の会議に出席し、「重大な軍事的対策に関する命令書」に署名して、「威力ある打撃手段を多く保有し、部隊に実戦配備する事業を引き続き深化させなければならない」と呼びかけた。その際、砲弾の生産能力を高める一連の事業を「国防経済事業」と表現し、兵器の生産を単なる国防政策ではなく、輸出などを含めた防衛産業として位置づけた。
輸出として想起されるのがロシアへの兵器輸出だった。北朝鮮は、2022年にロシアの民間軍事会社「ワグネル」に兵器を売却して以来、これまで900万発以上の弾薬を送ったという。
弾薬は朝鮮有事に備えて、約200ヵ所の地下工場で製造し、自国の分も戦時に最大3ヵ月持ちこたえられる量を確保しているとみられる。
ミサイルについては、北朝鮮がロシアに提供したミサイルは、短距離弾道ミサイル「KN23」や「KN24」だが、命中率が低く不発弾が多いとも言われる。「KN23」は、正式には火星11Aと呼ばれ、固体燃料式戦術弾道ミサイルであり、ロシアのウクライナ侵攻において初めて実戦投入された可能性が高い。
ウクライナで使用された北朝鮮製ミサイルの残骸から、米欧や日本が製造した部品が確認された。容易に購入できる商用品から半導体などの汎用部品を取り外し、武器に流用していると推測されている。
また、ウクライナにおいて、ロシアが発射した122ミリ、152ミリ砲弾の6割を占める北朝鮮製の品質が低いため、うまく標的に当たらず、適時に爆発しないことが明らかとなった。50年以上前に製造された老朽化した砲弾が混じっている上、元々、生産の精度が低く、保管の過程で湿度や温度の管理ができていない可能性がある。
北朝鮮のロシア支援の意味
北朝鮮は、イランとも40年以上にわたって密接な関係を維持し、ヒズボラなどの主要な武器支援国だった。冷戦時代、北朝鮮はヒズボラに多連装ロケット発射機を供給し、ヒズボラが特殊戦技術を学ぶために北朝鮮を訪問した。北朝鮮は、ハマスとも友好的な関係を結び、2023年10月のイスラエル・ハマス戦争では、ハマスが北朝鮮製の多連装ロケット弾やRPG-7(ソ連が開発した携帯対戦車擲弾発射器。北朝鮮製はF-7と呼称)を多用した。
これほど北朝鮮がイランとその支援組織「ヒズボラ」「ハマス」などと密接な関係を維持し、強力な軍事支援を続けて来られたのはなぜなのだろうか。
それは米バイデン政権による北朝鮮政策が大きな要因として、その責めが向けられよう。同政権は、北朝鮮が東アジアや中東の安全保障に与える影響力と北朝鮮国内の圧政に苦しむ人々の人権問題に対する関心が著しく低かった。事実、北朝鮮対応の担当者は大きく削減された。そのため、金正恩政権は、中東ばかりではなく、ロシアのウクライナ戦争に対する武器弾薬の支援など米国や欧州など西側諸国の国益に反する行動をとる余地ができたのだ。
現在、ロシア軍は深刻な兵力不足に陥っており、派遣された北朝鮮軍がどれだけロシア軍の兵力不足を補えるのかは未知数であるが、ここに来て、北朝鮮が戦闘部隊を本格的に派遣したことは、ロシアと肩を並べてウクライナへの共同侵略国となったのと同じことになる。
ウクライナ戦争の戦後処理になれば、金正恩氏はプーチン氏と並んで「人道に反する罪」などの戦争犯罪人として重い咎(とが)を背負わされる可能性さえある。北朝鮮は、超えてはならないレッドラインを超えたのである。
【参考資料】
- 「ロシア入りした北朝鮮兵は「弾除けの傭兵にすぎない」 派兵を秘匿…精鋭部隊の特異な実態」
2024年10月26日、産経新聞 - 「金正恩氏、兵器の大量生産指示 対ロシア輸出も推進か」2023年8月10日、日経新聞
- 「ロシア以外にも」北朝鮮人民軍海外派遣の軌跡、戦闘機パイロットなどベトナム、エジプトなどで実績」2024年10月21日、東洋経済オンライン
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藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学客員教授(危機管理論)。主要著書(共著)に『第3世代のサービスイノベーション』(社会評論社)、論文に「我が国に対するインテリジェンス活動にどう対応するのか」(本誌『季報』Vol.78-83に連載)がある。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年10月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。