衆院選を左右した報道汚染の実態

はじめに

衆議院議員選挙は裏金一辺倒の報道に始まり、これによって生じた喧騒で政策を問う声がかき消されたまま終わった。収支報告書不記載をマスコミが裏金と報道したため、何がどのように問題か多くの人が誤解したまま投票日に至ったのではないか。朝日新聞は、『「裏金」ではなく「不記載」? 自民が言い換え、野党は「矮小化だ」』と題する記事まで掲載していた。

歪曲された情報やデマによって汚染された報道を振り返り、解決策の参考にするため、各メディアに改善を求める非政府組織が登場したり、親中放送局が免許不更新となった台湾の事情を紹介する。

開票速報と裏金マークとダビデの星

選挙運動期間中から議員もマスコミも「裏金」連呼の衆院選だった。そればかりか開票速報でも候補者名に裏金、ウラなどといった文字をデザイン化した「裏金マーク」を表示する番組がいくつもあった。

裏金とは、賄賂や取引を有利にするため表に出さずにやりとりする金銭や、帳簿に記載しないで不正に隠し持っている金銭を意味する。後者の意味でマスコミや野党は裏金と言っているのだろうが、そもそも収支報告書不記載は形式事案であり金銭の流れに違法性があったわけではない。したがって裏金と呼ぶのは言い換えの範囲を逸脱した印象操作だ。

さらに収支報告書不記載の議員は野党にもいたが、彼らを裏金議員扱いする報道はなく、報道される場合は「不記載」と事実だけが伝えられた。これは開票速報の裏金マークにも言え、マークが表示されたのは非公認扱いになった自民党の候補者ばかりだった。しかも反ワクチン思想や陰謀論にまみれたり、ALPS処理水を汚染水と言い換えて風評加害した野党議員に、反ワクマークや風評加害者マークは表示されなかったのである。

それにしても裏金と報道されたときから現在に至るまで、収支報告書不記載の意味を不正蓄財と誤解している人々があまりにも多い。誤解が蔓延したのはマスコミが裏金と言い換えただけでなく、記事や番組で収支報告書不記載とは何かをしっかり説明しなかったためだ。

マスコミが報道しなければ、その事実は存在しないに等しい。さらにナチス・ドイツの宣伝大臣であったヨーゼフ・ゲッベルスが語ったとされる有名な言葉「嘘も百回言えば真実となる」を地で行くマスコミの報道姿勢によって、世論だけでなく選挙の成り行きが左右された。そして、開票速報はナチスがユダヤ人に着用させたダビデの星さながらの裏金マークを特定の議員に貼り付けたのだった。

怒りや妬みを生み出すマスコミ

選挙を左右したのは裏金議員報道だけではなかった。この問題で非公認となった候補者へ自民党から2000万円が振り込まれたと伝える報道は、候補者の周辺から「逆風が突風になった」と悲鳴があがるほど影響を与えた。立憲民主党の落下傘候補に追い上げられていた萩生田光一氏は、振り込みは「ありがた迷惑」と全額返金している。

2000万円は、自民党公認候補に支給される公認費500万円と活動費1500万円を合算したもので、非公認となった候補者が代表を務める政党支部に活動費として振り込まれたものだった。

あるテレビ番組では、立憲民主党の野田代表が「裏の公認料」などと語る発言を伝えたあと、アナウンサーと記者が「適切なお金なのかどうか」「いわゆる選挙戦で裏金議員と言われる人たちにプラスになるのか」などと語った。また、日本共産党は「税金を使って活動資金2000万円」と題するチラシを作成し配布した。

国から政党助成金を受け取っていない日本共産党は「(自民党が)税金を使って活動資金」を配ったと言っているが、他の政党も政党助成金を受け候補者に選挙活動の支援金を配っているのは変わりない。だが、マスコミが説明しなければなかったも同然で、自民党が裏金議員に税金をばら撒いたように印象づけられた。こうして、裏金の悪評の上に「裏公認2000万円」の悪評が建て増しされたのだった。

裏金議員とされた候補者の選挙運動を手伝っていたポランティアは「裏金の出どころは税金。さらに2000万円もの不正な金銭を税金から掠め取ったと信じ込んでいる人が多い。こういう人たちは、いくら説明しても誤解を解いてくれない」と語っていた。

裏金報道だけでなく、過去のモリカケ報道でも因果関係が整理されないまま政権糾弾の記事や番組が大量に投下され、増築に増築を重ねて迷路化した温泉旅館のように悪評だけが肥大化した。

たとえばGoogleで「森友問題とは」と検索を試みれば、「森友問題 わかりやすく」「森友問題 現在」「森友問題 どうなった」のほか、「加計学園問題 わかりやすく」などとサジェストが表示される。これまでの検索実績がサジェストに反映されるのだから、多くの人たちが森友問題と加計学園問題の本質ばかりか結末さえ理解できないままと言える。「嘘も百回言えば」悪評が肥大化するだけでなく、出来事の本質がどこかへ消え、怒りや妬みなど負の感情が世論として定着してしまうのだ。

いま何が起こっているか知るため、私たちは報道に頼らなくてはならない。だがマスコミが事実そのままを伝えず、出来事を歪曲して人々を扇動しようとしたとき、彼らの思惑を止めたり罰したりする仕組みが存在しない。権力を監視するのが報道だというが、第四の権力と呼ばれるマスコミは野放しなのだ。

以降、続きはnoteにて


編集部より:この記事は加藤文宏氏のnote 2024年10月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は加藤文宏氏のnoteをご覧ください。