『誰でもわかる精神医学入門』(日経メディカル)は、精神医学の基礎を学ぶ人や医療従事者以外の読者にも、精神疾患についての基本的な理解を持ってもらうための格好の入門書だ。実際の精神科の教科書は正確で網羅的な情報が求められるために、内容が複雑で分量も多く初学者には難しく感じられる。
著者である東徹医師は、この本が「精神医学の入門書」と名乗ることで、精神医学の世界への入り口を提供することを目的としていると述べている。控えめに言っても、精神医学がどのような学問であり、精神疾患がどのように分類されているかという俯瞰図を提示することに成功しているように思える。
意外に難しい精神疾患の分類
精神疾病の分類は諸説あるとはいえ一般的・教科書的には精神疾患は大きく「外因性」「心因性」「内因性」に分けられるという。
「外因性」は、脳の外傷や炎症、薬物中毒など、身体に明らかな器質的な変化が生じた結果として現れる精神疾患を指し、脳梗塞やアルコール依存などが含まれる。「心因性」は、不安やストレスなど心理的な原因で発症する疾患で、神経症や強迫症、不安症などがこれに当たる。これらの「心因性」疾患は「了解可能」とされており、患者が経験する苦痛や症状が、他者にとってもある程度理解可能であるとされるのが特徴だそうだ。それに対して「内因性」疾患は原因がはっきりとせず、例えば「統合失調症」や「気分障害(うつ病や双極性障害)」といった、患者の内側から自然に生じるように見える疾患を指す。この「内因性」の疾患は「了解不能」で、症状の根拠や原因を科学的に解明することが難しく、診断や治療が非常に難しいとされる。
しかし、真の疾病分類は「統合失調症」「気分症(うつ病、双極症)」「その他」であり、実際に現場ではこの枠組みで動いているという。
東医師は内因性疾患である「統合失調症」と「気分障害」が精神科で極めて特に重要な疾患であると指摘している。「統合失調症」は一般になじみがないが精神病床に入院している患者の半分がそれに当たるという。また「気分障害」も精神科で多く扱われる疾患で、うつ病や双極性障害などが含まれる。これらの疾患は患者の気分に大きな変動が現れるため、日常生活や人間関係にも影響が及ぶ。うつ病は特に多くの人に見られる疾患で、一般的にも知られているが、双極性障害は躁状態とうつ状態の両方が交互に現れるため、周囲に理解されにくく、より専門的な対応が必要とされる。
「困っていたら病気」と言える妥当性
東医師は精神科医としての立場から、精神科では「患者が困っていること」に重きを置き、病名にこだわらずに患者の抱える問題に対応することが重要だと強調する。具体的な病名がつかなくても、症状があり生活に支障が出ている場合には、適応障害や不安障害といった便宜的な病名を用いることもあると説明している。こうした柔軟な対応は、精神科医療の特徴であり、患者の話を丁寧に聞き、症状や生活に寄り添った対応をすることが、精神科医療の根底にある姿勢とされている。
そして本書は、症状が出る背景には個々の患者が抱える様々な悩みやストレスが存在していることも強調している。例えば、家庭や職場での問題、対人関係の悩みが症状の引き金になることが多く、その要因が表面に出ない限り、症状は改善しにくいこともある。
理系的な側面と文系的な側面が拮抗する精神医療
また、精神医学には理系的な側面と文系的な側面があり、科学的な分析だけでなく哲学的な考察も必要とされる領域だとされる。歴史的に見ると、精神医学は理系的な分析が主流となる前は、哲学的な側面が強調されてきた分野であり、近年は科学的な進展によって精神医学の理解が進んでいるが、今後も両方の視点が求められることに変わりはない。
そして、精神医学を心や脳の働きを研究する学問であると同時に、人間の生き方や感情に深く関わるものであり、単に診断や治療の技術を学ぶだけでなく、患者の感情や日常生活に配慮した医療が必要だと述べている。
本書『誰でもわかる精神医学入門』は、医療従事者だけでなく、一般の人が精神医学についての基本的な知識を得ることで、患者やその家族への理解を深めるきっかけとなる内容となっている。また、精神医学をより親しみやすく紹介し、精神疾患の患者を支える医療と社会のあり方について考える手助けとなるマストな一冊だ。