日本維新の会が高齢者の医療費窓口負担を原則3割に引き上げる提言案をまとめた。これについて現場の現役医師の視点から考えてみたい。
まず私の見解を明確にしておくと、原則3割引き上げには賛成である。
医療費増大が止まらない中で、不要な医療の削減は喫緊の課題であるのは言うまでもない。削減方法にはいくつか考えられる。
イギリスのようにかかりつけ医制度によるアクセス制限や保険医療でカバーする範囲の制限なども有効だが、国民皆保険の中で、診療報酬が全国で一元化され、全額公費ではなく一部自己負担を導入するという市場原理も含んだ制度で継続してきた歴史などを合わせて考えると、窓口負担の増減による需要の調整は簡便かつ合理的な方法と思われる。医療の利用制限と比較すると、患者が自分の意思で選べる自由の範囲が大きいことは好ましいと考える。
そもそも高齢者の自己負担が現役世代よりも減免されていたことは年齢差別と言わざるをえない。高齢者は病気になりやすいなどの根拠はあるにしても、それだけで負担割合に差をつけて良い理由にはならない。
病気になりやすい要因は年齢だけではない。遺伝素因、所得、資産、家庭環境、住む場所などいくらでも挙げられるが、根拠があっても差別は差別、というのは男女差別を例に挙げるまでもなく当然のことである。それが是正される、というのは基本的に歓迎されるべきことと考える。
個人的な見解はさておき、一般の医師は高齢者の自己負担増についてどう考えているだろうか。
一例として、医療従事者向けサイトm3にて、後期高齢者の自己負担についてサイトの医師会員に尋ねた2022年のアンケートがある。
その結果は、自己負担を「上げるべき」との答えが最も多く、開業医の42.3%、勤務医の62.6%、医師全体で58.8%が「上げるべき」と回答していた。サンプルバイアスの可能性があるとはいえ、医師の多くは後期高齢者の自己負担増に賛成していると言える。
理由として挙げられているのは、安易で不必要な受診、いわゆるコンビニ受診に対する懸念や、増大する医療費に対する懸念などである。これは現場の実感としても頷ける。忙しい勤務の中で不要な受診に対応するストレスは勤務医、開業医ともに共通の感覚だろう。
勤務医であれば毎月給与から天引きされる社会保険料の大きさに、膨らみ続ける社会保障費の逼迫度を否応なく実感させられている。その中で、限られた医療資源を真に医療を必要とする人に提供したい、というのは医師として職業倫理的にも自然な感情であり、それが上記アンケートの結果となったと考えられる。
一方で、自己負担が増加する高齢者に健康上の問題は生じるのかという懸念もあるだろう。しかし、これに関してはランド医療保険実験、オレゴン医療保険実験などの社会実験から、自己負担増によって受診控えは起こるがほとんど健康上の問題は生じない、という結果が得られている。
つまり、後期高齢者の自己負担を現役世代と同じにすれば、大きな健康上の問題はなく医療費を抑制でき、それによって、社会保険料を下げる原資や、より必要な医療へのリソースなど、用途の選択肢が得られるということである。
では自己負担の上がる高齢者は受診を控え、医療を利用するのを我慢するしか方法がないのか、といえばそうでもない。医療費増大に対する対策は、削減だけでなく効率化も有効である。
看護師の上級資格としての診療看護師(NP)の活用や、薬剤師への処方権付与による薬剤提供は、医師による診療よりも安価に提供できるため、医療費削減を目指しつつ医療の質を下げない有力な方法である。
海外ではNPによる医療提供は進んでいる。処方、検査など内科医の外来診療とほとんど変わらない権限を持っている。医療の質としても死亡率、患者満足度などの診療成績は医師と同等以上である。
カナダやイギリスでは薬剤師に独立型処方権が認められており薬剤師単独で薬剤の処方ができる。高血圧に関しては医師の処方よりも薬剤師による処方の方が降圧効果が高かったという臨床試験があり、同様の権限を日本の薬剤師に与えることで25年間で20兆円の医療費削減効果もあるという試算も報告されている。
つまり、医療費削減のために、従来の医療に対する自己負担を上げるとしても、医師以外の医療職種の権限を拡大し有効活用することで、金銭的負担を低く保ちつつ医療の質を下げない、という方法は可能なのである。
しかし、日本で導入されている診療看護師制度は、医師の指示下でしか薬剤の処方や高度な処置はできないなど、海外のNPより大きく権限が制限されており、有能な人材の十分な活用には程遠い状況である。薬剤師の処方権については、日本では認められるどころか議論の俎上にも上がっておらず、ようやく2023年に薬剤師に処方権付与を求める署名活動が始まったばかりである。
もう一つだけ医師へのアンケート結果を紹介しよう。
患者負担の軽減と医療費削減を主たる目的に導入されたリフィル処方箋という制度がある。これは処方された薬剤と同じ薬を医師の再診なしで薬局でもらうことが可能となる制度だが、このリフィル処方箋導入に対する賛否を医師に問うた2022年のアンケートである。勤務医は反対派17.7%であったが、開業医は57.5%が反対であった。リフィル処方箋導入のデメリットとして「受診回数が減ることで医療機関の収入低下」が多く挙げられていた。
日本医師会は、後期高齢者の自己負担増、診療看護師の権限拡大、リフィル処方箋の導入、医師以外への処方権導入、いずれにも反対してきた歴史がある。その理由に「医療機関の収入低下になるから」が含まれている可能性はないだろうか。
今回の日本維新の会の提言へどういう対応を取るかは、旧態然とした医療業界が、持続可能な医療体制へと生まれ変わることが出来るかの試金石と言えるだろう。
コロナ禍は、良くも悪くも医療が社会に多大な影響を及ぼし、医療に対する見方を大きく変えるきっかけとなった。医療によって生活を変えることを余儀なくされた国民にとって、医療への信頼は大きく揺らぎつつある。今、医療業界は重要な岐路に立たされていると言えよう。
我々現場の医師としても、国民の信頼を裏切らないような意見表明をすべきではないか、と考える次第である。
※ 個人の見解であり所属組織とは関係ありません
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東 徹 藍野花園病院 精神科医
1998年京都大学医学部入学。2010年から精神科医。2023年「誰でもわかる精神医学入門」出版。認知症啓発団体「おれんじ畑」代表。「引きこもり文化祭」主催者。オンライン署名「薬剤師に処方権を」発起人。
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