日経ビジネスを読んでいて気になる記事がありました。不定期連載の「敗軍の将、兵を語る」で「茨城の納豆メーカー、『悪質M&A』で事業承継が頓挫 預金3500万円消失」という内容です。
記事の概要を一言で述べると茨城で納豆事業を運営する経営者(62歳)は事業は安定的なものの銀行借入金も多いため、事業譲渡を決断、仲介業者を通じてL社に株式譲渡をします。一部売買代金支払いは繰り延べ払いです。自身は会長になります。ところが3500万円あった会社の預金がみるみる間に消失し、給与も遅配で経営が行き詰まりそうになりました。そこで売却からわずか6か月後に自身の個人財産を現金化し、株式を買い戻し、経営の前線に戻ったというものです。
さて、この数行のストーリー、何が間違いだったのでしょうか?極めてありがちな事業譲渡ですが、あまりにも多くの間違いがあります。
まず、株式譲渡。これについて疑う人は少ないでしょう。私はいくつかM&Aをやってきていますが、「株式譲渡取引だけは絶対にするな」と顧問弁護士から言われていました。弁護士の信条もあったと思います。理由は買う側からすれば買収会社にどんな瑕疵が潜んでいるかわからないからです。一方、売る側からすれば今の会社の財務諸表と従業員、資産をそのまま売却するわけですが、従業員が幸せになり、会社が更に活力を増すかは買い手次第です。そんなギャンブルを経営者が従業員に押し付けるのかという話です。
こんな視点でモノを言う人はいないでしょう。M&A会社からは嫌われそうです。
基本的には資産売買契約で推し進める、これが正解です。新しいオーナーは従業員に新しい会社に転籍のオファーをする、です。これにより従業員の自由度が増します。まず、転籍にあたり、旧経営者は苦労を掛けた従業員に退職金などでねぎらいやすくなります。また、事業譲渡で会社のオーナーがいつの間にか変わっていたのと違い、転籍には大きな切断面がありますので従業員の判断の自由度がより増すのです。
次の問題点は売却時に売買代金を一括清算しなかった点です。皆さんにお伺いしますが、不動産を売る際に買い手が決済日に全額払えなかった場合、決済はしませんよね。それが普通です。なのに繰り延べ払いだった点はあまりにも奇抜、売り手はお人よしそのものです。
3つ目が仲介業者のクオリティです。記事には具体的社名は出ていませんでしたが、業界中堅クラスで取引コストが安かったから、と選定理由を述べています。M&A業界は正直言うとどこまで親身にやってくれるか、またどれほど知識量と経験値があるのか、まだまだ未知数なのです。
また売買手数料は売り手と買い手から貰う「両手ビジネス」の上に不動産仲介でよくある他社との折半と違い、ほぼ一社独占なのです。この悪習は現在法律の見直しが進んでいるのでじきに法改正になるはずです。
ちなみに業界最大手の上場企業の一つにM&Aキャピタルパートナーズという会社があります。この会社は驚くことにあのキーエンスを凌ぐ社員の年収が日本一高い会社であります。社員平均年齢32.2歳、平均年収2688万円です。唖然でしょう。多くの方は知らないと思います。
中小企業経営者は事業継承にもう少し賢くなるべきです。お金を借りるのは銀行、不動産を売るなら不動産屋、事業売却はM&A会社…という短絡な思考のもとに「お任せ」をするから間違いが起きるのです。「私はその点は何もわからないのでどうぞよろしく」という挨拶言葉があります。何もわからなくて自分の会社を売るのですか、誰に売るのか、どうやって売るのか、興味ないのですか、自分が育ててきた会社でしょう、愛着はないのですか、と申し上げたいのです。
今、自分で事業をしていて思うことは日本もアメリカもカナダも労働の質が下がっている点です。質が下がっているというのに語弊があるなら世の中が複雑になりすぎて労働者がついて行っていないのです。なので大会社の看板を背負った従業員のクオリティも当たる人次第ということになります。
余談ですが、私は先週、当地の銀行で意地悪をしました。手ぶらで銀行に行き、会社の口座から銀行発行為替手形を発行してくれと窓口でお願いしたのです。会社の銀行カードを持たずに、です。私はできるのを知っていましたが、知らんぷりしてどうするか、見ていました。マネージャーと長々と相談したのち、私に「あなた、個人の銀行カードはお持ちですか?」「YES」、次に私の免許証の提示、これで私の会社の口座から銀行為替手形が作れちゃうのです。便利な世の中ですが、そこまで精通している人はほとんどいないのです。
つまり世の中のシステムはIT化が進み、技術的には非常に進んでいるのですが、それを使いこなせないのです。
ところで船井電機が破産したことになにか不自然さがあるとされています。非常に複雑なスキームなのですが、直感的に同社を買収した親会社が美容関係の事業で相当の赤字を出し、その赤字穴埋めに船井の手持ちのキャッシュを使ったように見えるのです。元環境大臣の原田義昭氏が船井の会長になっており、破産はおかしいと言っているようです。私は原田氏が大臣になる前に酒を飲んだことがあるのですが、同氏は正義感に満ちた方なので真相を暴いてくれると期待しています。
買収の際に被買収企業に多額の現金がある場合、それを狙い、買収し、その現金を他の事業に転用したり赤字補填をするケースは大いにあり得ます。茨城の納豆ビジネスもそれだったような気がします。つまり確信犯。
そうであればM&Aも正直ITとAIでマッチングビジネスにした方がよいと思います。不動産売買や仲介もそう。つまり下手な仲介担当者がよくわからないことをするよりずっとましなのです。そしてそんな世の中だからこそ、経営者は賢くならなくてはいけないし、事業継承という特定の目的について講習会ばかりに行くのではなく、自分の頭で考え、何をどうすべきか、よく整理して次のステップに入ることをお勧めしたいと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年11月13日の記事より転載させていただきました。