銅の精錬所が遺るアートの島・岡山市犬島

4月19日から始まった瀬戸内トリエンナーレに来ています。

豊島(てしま)での芸術作品巡りを終え、時計を見ると12:20。本当はもっと時間がかかると思い、13時過ぎの船で直島に行こうと計画していたのですが、思いのほか予定が早まりました。実は旅程を組むにあたって、ちょっと時間が厳しいかと思って訪問を諦めていた島があったのですがその島に行く船の出航は12:40。なんと。行けるじゃあありませんか!

急いで家浦港に戻りチケットを購入、サンダーバード号で目的の島に向かいます。サンダーバードといっても北陸には行きません。

船に揺られて25分。着いたのは「犬島」。かねてから行ってみたかったアートの島です。

犬島は岡山市東区に属する人口50人ほどの小さな島です。本当の山頂にあった犬の形の石「犬石」が乾(いぬい)の方角を向いていたころからこの名がつきました。この石は犬島の対岸にある犬ノ島(まぎらわしい)の神社に祀られていますが、この島は私有地であるため渡ることはできません。

この島に行きたかった大きな理由は、船を降りてほど近い場所にある「犬島精錬所美術館」に行きたかったから。

レンガが黒いのは「カラミ煉瓦」と呼ばれる銅精錬で出た副産物を使って生成されたものであるため。

犬島には大正時代、銅の精錬所が置かれていました。倉敷市にあった帯江鉱山の精錬所がここに移転されたものです。明治末期、日本は銅生産のバブルに沸いており、多くの企業が挙って銅の精錬工場を建設していました。銅精錬所があったころには島の人口は6000人を数え、港には歓楽街があって大いに栄えたといいます。

一方で銅の精錬には鉱毒などの公害問題がつきまといます。犬島に精錬所が移転されたのは帯江鉱山で公害が起きて移転運動が活発になったためです。ただ、犬島の精錬施設は日本の銅の精錬には適さなかったうえ、海水を使用せざるを得ず錆との戦いに悩まされたこと、ここでも公害が発生したこと、そして銅バブルがはじけそもそも事業自体採算が取れなくなったことから操業からわずか10年で事業を停止、そのまま廃棄されることとなったのです。

真新しい美術館の向こうに聳える煙突廃墟群。

そんな精錬所の跡地を美術館として改装し、2008年にオープンしたのがこの犬島精錬所美術館。ここは医療廃棄物の処理場にしようと計画されていましたが、直島を中心に瀬戸内を芸術の島にしようと考えた福武財団が精錬所を買収してこれを阻止して美術館に生まれ変わらせました。

芸術作品として終わらせるだけではなく、かつての精錬所の遺構も多く残し、大規模な施設を短期で打ち捨てたうえ大きな公害を残した人間の所業の愚かさもそのままわかるような展示がなされています。

黒いレンガ塀は精錬所創業時の物で、白い石は美術館開業時に新たに組まれたもの。精錬所ができる前、犬島は石の生産が盛んでした。大坂城再建にあたってはここから巨石が切り出され海を渡っていったといいます。

上から精錬所の各部屋の跡を見下ろす。

打ち棄てられひび割れた煙突。
ここから出る煙が猛毒で犬島の人々を苦しめました。

個人的には廃墟群を巡る旅は好きでこれまでも和歌山県の友ヶ島や神奈川県の猿島、広島県の大久野島などを訪ねました。廃墟群の退廃的なものの美しさを愛でることは悪いことではないですが、その裏には戦争や、公害で苦しめられた人たちが必ずいます。暗い歴史も学びながら歩くことを忘れてはいけません。

さて、今は瀬戸内トリエンナーレ期間中。犬島は「家プロジェクト」が展開され、集落の中にいくつか作品が点在していますので歩いて見ることにします。

F邸 Biota (Fauna/Flora)

家の中を埋め尽くすような巨大な彫刻に目を奪われます。躍動的で今にも家から飛び出てきそうです。

かつて石職人の家があった跡には古代の絵画を思わせるようなアート作品があります。いつかこの絵も古代画のように風化して消えていきますが、その時代の中で生きた人々の記憶の中で生き続けていきます。

A邸。

カラフルな絵の中に置かれた椅子。椅子に座るとこの絵はすべて見えなくなり、犬島の日常世界だけが見えるようになります。仮想世界と自然の調和を表現しています。

犬島は小さい島なので歩いてぐるっと回ることができます。こんなベンチで一休み…と思いたいですがこれもアート。写真を撮りに来る人がひっきりなしに来るのでここでは落ち着いて休むことはできません。

「犬島の島犬」。

精錬所美術館に家プロジェクトと小さな島の中に多くのアート作品がちりばめられた犬島。そんな中でかつて石切り場として栄え、銅の精錬所ができて苦しめられた歴史も感じ取れる場所でした。

犬島は豊島からだけではなく、岡山市郊外の宝伝港からもアクセスでき、こちらから来るのが一般的です。岡山駅から犬島連絡用の直行バスが宝伝港まで出ていますのでご利用ください。

直行バスの時刻表はこちら。このほかにも路線バスが出ています。


編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2025年4月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。