2024年7月の東京都知事選で台風の目となった石丸伸二氏。前広島県安芸高田市長として既存政治への挑戦者を演じ、第2位という注目すべき結果を残した。しかし、その後の政治活動において、石丸氏の支持基盤の脆弱性が明らかになりつつある。この現象は何を示唆しているのか。

政治団体「再生の道」の石丸代表
NHKより
対話を拒絶する政治スタイル
石丸氏の政治スタイルの特徴は「対話の拒絶」にある。開票番組での「先ほど定義についてお話ししましたよね」という発言は象徴的だ。これは建設的な議論というより、相手を諭すような態度として受け止められた。質問に質問で返し、相手の理解力を問題視する姿勢は、多くの視聴者に違和感を与えた。
「都民の総意が可視化された」を「都民が誰を推すかを1票で表した」と言い換える同義反復。この形式的な議論は、本質的な対話を避ける姿勢として批判された。石丸氏にとって重要なのは論理的優位性を示すことであり、相互理解を深めることではなかったように見える。
都知事選での躍進は、既存政治への不満の表れとして注目された。しかし、それは持続的な政治的支持とは異なるものだった。「石丸構文」がSNSで広くパロディ化される現象は、政治家としての評価とは別の文脈で消費されていることを示している。
「石丸さん、サブウェイ注文できるかな」という投稿に多数のパロディが寄せられた事例は、その政治手法が娯楽的な素材として扱われている現実を反映している。SNSでの話題性と実際の投票行動には大きな隔たりがある。「面白い」と「信頼できる」は異なる評価軸であり、石丸氏は前者では一定の成功を収めたが、後者の構築には至らなかった。
政策の不在と組織基盤の脆弱性
都知事選は個人の魅力が大きく影響する選挙だが、継続的な政治活動には組織力と政策の具体性が不可欠だ。石丸氏の場合、地道な支持基盤づくりや具体的な政策提言が不足していた。
「再生」という抽象的なスローガンの中身が明確に示されず、批判はできても代替案を提示できない状況が続いた。有権者が求める具体的な生活改善策の提示がなければ、一時的な注目を持続的な支持に転換することは困難だ。
筆者が特に問題視するのは、石丸氏の政治スタイルから市民への共感や温かさが感じられない点だ。市民の不安や期待に寄り添う姿勢の欠如は、「新興宗教の教祖のような話しぶり」といった批判的な声も生んでいる。
政治は論理だけでなく、人と人との信頼関係で成り立つ。どれほど論理的に見えても、感情的な共感なしに持続的な支持は得られない。
新しい政治参加のあり方を考える
石丸現象は重要な教訓を提供している。第一に、批判だけでは建設的な変化は生まれない。第二に、パフォーマンスは一時的な注目を集めても、信頼構築には不十分だ。第三に、市民との真摯な対話なくして、健全な民主主義は機能しない。
既存政治への不満は確かに存在する。しかし、その受け皿となるべき新しい勢力が対立と分断の演出に終始するなら、結果的に現状維持を助長することになる。
今後の政治参加において重要なのは、単なる批判や論破ではなく、異なる意見に耳を傾け、共に解決策を模索する姿勢だ。市民一人ひとりが、パフォーマンスに惑わされず、政策の中身と実行可能性を冷静に評価する目を養うことが求められている。同時に、新しい政治勢力には、批判を超えた建設的な提案と、市民との継続的な対話の場を作ることが期待される。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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