米ロ首脳会談は「第2のヤルタ会議」でない

トランプ米大統領とロシアのプーチン大統領の米ロ首脳会談が15日、米国のアラスカ州で開催される。主要関心事は2022年2月末以来続くロシアとウクライナ間の戦争の停戦が実現できるかだ。同会談にはウクライナのゼレンスキー大統領は招待されていない。首脳会談に先駆け、独英仏ら欧州諸国は13日、ベルリンでゼレンスキー大統領を招き、トランプ米大統領とビデオを通じて意見を調整したばかりだ。ウクライナと欧州は自分たちの頭越しに米ロ両国がウクライナの領土問題で合意するのではないかと懸念している。

ウクライナのゼレンスキー大統領を迎えるドイツのメルツ首相,ベルリンで、2025年8月13日、ドイツ連邦首相府公式サイトから

ロシア側の要求とウクライナ側の立場には依然大きな隔たりがあって、アラスカの首脳会談で大きな成果を得るのは難しいのではないか、と予想されている。ウクライナ側は停戦と国境の安全保障の確保が主要テーマであり、トランプ氏が考えている「領土の交換」については消極的だ。一方、ロシア軍はここにきてウクライナ東部ドネツク州で猛攻を仕掛け、停戦に向けた条件闘争でより有利な立場を確保しようと腐心している。

米ロ首脳会談の成果を事前に予想するのは難しい。考えられるシナリオは、トランプ大統領が示唆したように、アラスカ会談では今後の米ロ間、ロシアとウクライナ間の交渉について青写真を立て、第2回会談以降、ウクライナのゼレンスキー大統領も参加し、領土問題などの具体的な交渉を進めていくことになるのではないか。その意味で、アラスカの米ロ首脳会談は次回からの実質的な会議の準備会議となる。

ここでは、ロシアがウクライナとの停戦に応じない場合を想定し、米国を含む欧米側がロシアに対して強い制裁を実施できるかを考えてみたい。対ロ制裁は効果がない、という意見があるが、プーチン氏が今回、トランプ氏との首脳会談に応じた理由の一つは、トランプ氏の「ロシアが停戦に応じない場合、痛みが伴う制裁を実施する」といった発言だったはずだ。

ロシア側が米国との交渉に応じている限り、米国は対ロ制裁を一時停止し、新たな制裁は行わないから、ロシアにもメリットだ。実際、米政府は14日、対ロシア制裁の一部を停止すると発表している。米財務省によると、この停止は8月20日まで有効という。

制裁に関連して注目すべきニュースが流れてきた。ウクライナ対外情報局(SZRU)は、ロシア産原油価格が下落しているという。SZRUによると、ウラル原油は1バレルあたりブレント原油より1.50ドル安い。同局は、インドでの販売減少を理由に挙げている。国営石油会社であるインド石油公社(IOC)とバーラト石油公社は、トランプ大統領の脅迫を受けて、中東や米国などから2,200万バレルの原油を突如購入したというのだ。SZRUは、中国がインドでの販売減少を完全に補填することはできないと見積もっている。すなわち、トランプ氏の制裁警告は効果を生み出しているわけだ。原油輸出による外貨収入はプーチン氏の戦争費用だから、その収入減はプーチン氏にとって痛手だ。

なお、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によると、ロシア軍の攻撃を受けたウクライナで7月に死傷した民間人の数が過去最高を記録したという。死者は286人、負傷者は1,388人だ。前年同月と比較すると、死傷者数は22.5%増加した。死傷者の約40%は、キエフ、ドニプロ、ハルキフなどの主要都市だ。

ちなみに、欧州の一部やロシアのメディアでは、米ロ首脳会談を「第2のヤルタ会談」と報じている。ヤルタ会談とは、第2次世界大戦末期の1945年2月4日から11日まで、ウクライナのクリミア半島にあるヤルタで、米国のルーズベルト大統領、英国のチャーチル首相、ソ連のスターリン書記長兼首相の3首脳が会談したもので、同会議ではドイツの戦後処理問題、国際連合の設立、中欧、バルカン諸国の戦後処理などが議論された。同会議を通じて、米国とソ連という冷戦時代の2大国体制が確立されていった。これを「ヤルタ体制」と呼ぶ。もちろん、15日のアラスカの米ロ首脳会談は「第2のヤルタ会議」ではないし、そうあってはならない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。